部屋は2間だけの貧しいアパート暮らし
自分の部屋がなかったことで深い傷を負う

 山崎さんが生まれたのは、1973年のこと。第4次中東戦争が勃発し、第1次オイルショックによって、トイレットペーパー騒動にまで波及した。

 山崎さんが最初に体調を崩したのは、中学3年のとき。この頃から、強迫症の症状を自覚するようになった。

 元号は、昭和から平成に変わった。高校時代に、東欧革命が勃発し、国内ではバブル経済は最盛期を迎える。

 山崎さんは大学までは頑張って通い続けて、卒業する。しかし、バブル経済はすでに破たん。就職試験を受けることができなかった。以来、15年以上にわたって、仕事に就くことができずにいる。

 中学のときに体調を崩したきっかけは、はっきりと覚えていない。ただ、当時の山崎さんの家は、2間だけのアパート暮らし。生活は、貧しかった。

「自分の部屋が欲しかったんです。プライベートな場所が全くありませんでしたから…」

 山崎さんは、そのとき受けた深い傷を、いまだに引きずっている部分があるという。

「子どもに個室を与えるから引きこもりになる。親の甘やかしだ」という指摘が、まったくの的外れであることは、山崎さんのケースを見ても明らかだ。

小学生のころ受けたひどい「いじめ」
頭の中で仕返しするうち、過激な軍事思想に

 小学校のときにいじめられ、暴力を振るわれた。それも「普通ではなかった」という。

「僕は泣くことができませんでした。自分の感情が出せなかったから、相手もエスカレートする。僕は、仕返しをするタイプでもない。いつも、やられっぱなし。でも、僕の頭の中では、いつも相手に仕返ししていました」

 それが原因なのかどうかはわからない。そのうち、軍隊が好きになって、「今の社会を上から抑えつけたい」と思うようになった。

 印象に残っているのは、宮崎駿監督のアニメ映画『天空の城ラピュタ』。山崎さんは、そのアニメのヒロインに恋をした。現実の女子が相手にしてくれなかったからだという。

 大学に入学した1991年、ソ連邦が崩壊。山崎さんは、大きなショックを受けた。

「冷戦の大義がなくなって、防衛力増強の大義が消えてしまうからです。仮想敵国がいないと、やはり困ります」