ネガティブな内容のSNSへの投稿は第三者の気分を害する恐れがある。そこでネガティブ発言を抑えてポジティブ発言をする試みは悪くないが、無理を感じさせるポジティブ発言も、それはそれで周囲が心配に感じることも。

 Aさんは次のようにも言う。

「SNSでつながっている学生時代の同期は、知らないうちに政治にどっぷりつかっていて、それもかなり極端な方向のやつで、彼が投稿するのを見るたび『昔はただの愉快なやつだったのに変わっちゃったなあ…』と思います。同窓会があっても彼には声をかけにくい」

 政治、宗教、そして野球などの話題は同じ志を持つ人からは強く共感される反面、それ以外の人たちは同様に強く敬遠されるリスクがある。SNSでの議論に巻き込まれ、考えを強要・啓蒙されそうになって、逃げ出したい思いをしたことのある人は少なくないはずだ。

「このほかに、まあ鉄板ですがメンヘラっぽい人ですね。常に病んでいるふうな発言をして周囲の気を引こうとしている人。若い女性に多いように思いますが、おじさんにも同種の人はいます。依存されると面倒くさそう。

 それと、酒の席みたいな持論を展開する人もちょっと。酒の席なら『ふむふむ』くらいで聞き流せるけど、SNSに投稿されたものに関しては、こっちは素面で検証できるので、受け手のテンションが違う。で、その持論が共感できないものだと、『この人内心結構いろいろ考えてて、しかも自分とは違うし面倒な人なんだな』と冷静に心のシャッターを降ろしてしまう」

 何かに触発されたときや、深夜に1人で盛り上がったときなど。ついつい気持ちの高ぶった投稿をしてしまうこともある。翌朝になり、一抹の気恥ずかしさを覚えた経験がある人も多いだろう。投稿ボタンを押すその前に、素面の友達の顔を想像してみるというのは一つの手かもしれない。SNSでは疑問や反論は可視化されるが、白けや無視は見えない。「お友達」と知らないうちに距離が空いていた経験、あなたにはないだろうか。