「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。
この記事では、本書の内容に関するインタビューを掲載します。(構成:小川晶子)

早いうちに投資を始める是非

――近年、金融教育に注目が集まっているように感じます。子どもにも投資を教える流れがありますし、今の学生さんはなるべく早く投資を始めて老後の資金を貯めようという考えの人も少なくないようです。でも、『人生の経営戦略』の中にあるキラースライド「人生というプロジェクトの原理」を表した図を見ると、最初に金融資本を増やそうとするのは効率が悪いのですよね?

山口周氏(以下、山口):その通りです。僕たちが最初に持っているのは「時間資本」です。誰であろうと時間資本を増やすことはできず、減ることしかありません。

この時間資本をいかに有効活用して「人的資本」「社会資本」「金融資本」に換え、ゴールである「持続的なウェルビーングの状態」を達成するかが、人生というプロジェクトなのです。

人的資本とはスキルや知識、社会資本とは信用や評判、ネットワークのことです。

人生というプロジェクトの原理

図を見ていただくと、時間資本から社会資本、時間資本から金融資本への線は破線になっていますね。これは、できなくはないけれども非常に効率が悪いことを示しています。

人的資本も社会資本もない状態で、金融資本だけ増やそうとしても効率が悪いのです。

たとえば手っ取り早くラクに稼げるという理由でグレーゾーンすれすれの仕事を繰り返したところで、いっこうに資本は溜まっていきません。時間が経てば経つほど、人生は袋小路の難しい状況に追い込まれてしまいます。

金融商品への投資は、本来お金を誰かの役に立てることでリターンがあるわけですが、社会のことをよく知らないまま取り組んでも効率は上がらないでしょう。誰かの役に立つ投資でないなら、ただのギャンブルになってしまいます。

――SNSなどで投資の成功例を見て、「簡単にできるのではないか」と思ってしまうのかもしれません。

山口:生存者のバイアスですね。「私はこうやって勝ちました」「こうやって儲けました」という話ばかりが目に入ってきて、「大損しました」という話は聞かないので偏った認識を持ってしまうんです。よほど面白い失敗談でない限り、失敗はみんな話しませんから。

株より、自分への投資が結局一番リターンが大きい

山口:「人的資本」という言葉を最初に出したのは経済学者のゲーリー・ベッカーです。いま企業でも「人的資本」という言葉はよく使われていますが、実は一番重要な部分が抜け落ちてしまっているんです。ゲーリー・ベッカーが言ったのは、長期的に見て最もリターンが大きいのは人への投資だということです。

とくに若い人でお金を持っているのであれば、不動産や株式を買うよりも自分に投資するのが結局一番リターンが大きいのです。もちろんポートフォリオを考えたほうがいいので、1000万円の元手があるとしたら1000万円全額を自分への投資に使えということではありませんが。

――一部のお金を株式投資などにまわしてみるのはいいけれど、知識やスキルを身に付けるためにお金を使ったほうがリターンが大きいんですね。

積極的に逆バリする

――では、どんな知識やスキルを身につけるのが良いのでしょうか。

山口:株価がなぜ上がるかというと、単純化すれば需要と供給の関係です。多くの人はその企業の「業績がいいから」「ブランド力があるから」といったことを言いますが、そうではないんです。

これは労働市場においても同じです。今だったら、人工知能の学位を取っている人は収入が高いらしいぞと思うかもしれませんが、それは人工知能の研究がまったく人気がなかった時代に勉強していたからであって、今から勉強しても供給過剰になって価値が減っていくでしょう。

ですから「流行りの資格や学位」を取るために時間をかけることは、実は最もやってはいけない時間資本の使い方です。むしろ積極的に「逆バリ」することが求められると言えます。

投資を学ぶことが流行っていて、投資をしたい人が増えていくとするなら、逆に投資される側になって何かをするほうが面白いかもしれません。

自分の子どもに「仕事は罰ゲームだ」と伝えていないか?

――子どもへの金融教育についてはどう思われますか? いまの親の世代は、頑張って働いても報われない感があるため、子どもにはお金で苦労しないようにと早いうちから教えたいのかなと思いますが……。

山口:これからはお金よりも働き手が減っていく時代です。働く楽しさを伝えたほうがいいと思いますよ。僕は雑誌などで子どもへの金融教育相談を受けることがあるんですが、その中で感じるのは、仕事を罰ゲームかのように感じている人が多いということです。親が仕事から帰って不機嫌にしていたら、子どもは「働くって辛いんだな」と思うでしょう。

僕が自分の子どもにいつも言っているのは、「社会は楽しい」「働くって面白い」。だからとにかく早く社会に出ろということです。実際、子どもが家で見る僕は酒を飲んで歌っている人ですから、「楽しそうだな、こんなんでもやっていけるんだな」と思っているでしょうね。

子どもにはいろいろ教えたくなるかもしれませんが、相手が聞く耳を持っていなければ逆効果です。投資について子どもが知りたい、必要だと思ってから教えたり、一緒に学んだりすればじゅうぶんです。

ただ、「働くって楽しい」という世界観は、教えようと思ってすぐに教えられるわけではありません。楽しそうに働いている姿を見せるのが一番ではないでしょうか。

(※この記事は『人生の経営戦略』を元にした書き下ろしです。)