それでもアスカさんは、真面目に高校に通い続けた。実習に必要な用具が少し壊れても、消耗部品がなくなっても、修理も交換もできなかった。それでも実習をこなし、課題を提出した。

 高校2年だった2015年の8月、厚労省は福島市の給付型奨学金に対する収入認定を不適切とした。そのとき、アスカさんはすでに大学進学を断念していた。「せめて残り半分の高校生活は、クラスメートと同様に送れたであろう」と期待したくなるのが人情だろう。しかし現実は残酷だった。

 アスカさんは高校2年の後半から、高校を欠席しがちになった。進級や卒業に影響が及ぶほどの欠席日数ではなかったが、高校3年の夏休みが終わるころ、アスカさんは「もう高校に通い続ける自信がない、怖くなった」と、通信制高校への転校希望を口にした。ミサトさんは「無理させるつもりはありませんでした。今まで、毎日毎日、1日に何回も嘔吐しながら高校に通っていたのを見てきていたので、『いいよ、これ以上頑張らなくて。あなたの好きにしなさい』と」と語りながら嗚咽に声を詰まらせ、「逆に、無理させてしまったんじゃないかと」とつぶやく。

 今、アスカさんは、心療内科での治療を受けながら通信制高校に在学している。残りの単位は10単位ほどだが、スクーリングが近づくたびに不安になる。それでも、今年度中には卒業できそうだ。

現金という「補装具」があれば
障害は困難につながらないかもしれない

 最近になって、アスカさんは「アスペルガー症候群」と診断された。2年前、2015年9月に会ったアスカさんを思い出すと、言われてみれば「アスペルガー症候群の影響だったのかな?」と思い当たる節がなかったわけではない。しかし、特に困難や問題として表面化している印象は受けなかった。アスカさんのギリギリの頑張り、あるいは大人の他人である私に弱く苦しいところを見せずにいようという心遣いであったのかもしれないけれど――。

 そもそも、自分で「ちょっと大変」「なんだか疲れる」と思いながら、あるいは周囲に「ちょっと変わってる」と思われながら、大きな問題なく学校生活や職業生活を送っている発達障害や精神障害の人々は、どこにでもいる存在だ。