「会議に5分遅刻します」が組織を壊す本当の理由ほんの少しの時間なのになぜか遅刻してしまう人。少しずつ信頼を失っているかもしれません(写真はイメージです)

 いつも会議に遅れてくる人がいる。会議の開始直前に電話をかけてきて「申し訳ありません。5分ほど遅れますが、どうぞ先に始めていてください」などと言う。8分後くらいに「すみませーん」とその人は会議室に入ってくる。とくに悪びれるふうでもない。

 不測の事態で20分遅れる、あるいは、前の会議が異常に長引いて30分遅れる、というのではない。一応理由はある。「地下鉄が遅れて」、「車が渋滞して」、「出がけに電話がかかってきて」、「廊下で○○さんに呼び止められて」、「前のアポイントが伸びて」など。きっと本当のことだと思う。

 しかし、朝一番の会議や、午後一番の会議など、前の予定が伸びるということが考えにくい場合でも、常習的に遅れてくるのだ。おそらく、定刻に絶対間に合わなければならない、という気持ちが働かないのだろう。だから頻繁に発生する渋滞や電車の遅延などを見越して、ちょっと早めに出るということをしないのだ。
 
 その人が会議の冒頭にいなければ困るというわけでもないから実害はない。しかし、全員が定刻に揃っているのに、いつも同じ人だけが5分遅れてくる時、周囲は確実に「またか」、「何を考えているんだ」と思う。

 それだけにとどまらず、「5分遅刻する人」という印象は、マイナスのイメージを生む。その人のパフォーマンスについての憶測にもつながる。「いつも5分遅れてくるような人は、どうせ仕事もいい加減なんだろう」と。そうやって会議に遅れるたびごとに、その人は信望を損ねつづけているのだ。そして本人はそのことに気づかない。

 私の友人に、会議の時間にはちょっと遅れるけれども、仕事の納期はきちんと守るし、なんでもしっかりこなせる優秀な男がいた。しかし、「5分遅れてくる人」というイメージが定着してしまったために、「○○さん? ああ、いつも会議に遅れて来る人ね、ちょっと重要な案件は任せたくないな」とか、「次の商談は重要な取引先だから、彼は呼ばないほうがいいでしょう。ほら、彼、いつも必ず会議に遅れて来ますから」という残念な状況になってしまっていた。時間を守れないことが「規律全般を守れない人」「仕事ができない人」と拡大解釈されていたのである。