やはり、特養の入居者の看取りを続けている中村仁一医師も明言する。

「枯れる死を妨害するのが点滴、酸素吸入の延命治療」「老いを病にすり替えてはならない」「自力で飲み食いできなくなれば寿命です」──。

 京都市の特養、同和園での体験から著した『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(幻冬舎)で書いている。同書は2012年のベストセラーとなった。

 では、病院の医師は本当に「自然死」を知らないのだろうか、という疑問が湧いてくる。その答えがそれぞれの医師の著書には記されている。

 日野原さんは、やはり同じ著書で「(医療者は)ありとあらゆる処置をし、それに対して何も不思議に思わなったのです。人間は当然そうやって死んでいくのだ、と思っていたのです」とはっきり書いている。

 同じ疑問を石飛幸三医師に尋ねると「病院にいた時は、自然死なんて考えもしなかった」と話す。前述の著書でも「特養に来るまでは、人間は苦しんで死ぬと思っていた」と正直に吐露している。

 中村仁一医師も同じ著書で「大病院の医者は人間が自然に死ぬ姿を見ない、知らないのです」と断言する。

 かなり驚かされる。病院では、それほど自然死と無縁なのか。延命治療後の死か、自然死かを見極められる手立ては、おそらく死亡診断書であろう。延命治療を施せば、その対象となる病名が死因として記される。だが延命治療をしないで自然死を選べば、「老衰」と記されることが多い。

 厚労省が死亡診断書からまとめた死亡統計を公表している。2016年の年間死亡者130万人の約9割近くは65歳以上の高齢者である。

 死因を見ると、最も多い第1位はガン(28.5%)、次いで心疾患(15.1%)、肺炎(9.1%)、脳血管疾患(8.3%)と続き、5番目に老衰(7.1%)となっている。老衰は自然死だから病名が付かない。病名が付いた死因が圧倒的に多い。

病院では死亡原因を「探り出す」

 自然な死、即ち老衰という死亡原因がもっと多くてもいいのではないだろうか。

 そんな疑念を晴らそうと、複数の医師に聞いてみた。かつて大病院に所属し、今は診療所で訪問診療を積極的に手掛けている医師たちである。診療を続けていた高齢者が自宅や施設で自然死すると、「老衰」と死亡診断書に書いている。

「病院にいた時は、死亡診断書に老衰と記入したことは全くない。周りの医師も同じで必ず病名を書いていた」

「死亡原因は病名を書くべき、という固定観念が病院の医師にはあります。それに、老衰は病名ではなく、人間の自然の経過を示す用語であると思われています。もちろんそんな法的根拠はないのですが」

「救急車で運ばれてきた患者には、その時初めて診察するので病の経過は全く分かりません。だから老衰と考える余地がなかった」

「病院は治療の場なので病名を書くのが当然な雰囲気だった。ほかのことは思いつかなかった」

 と、異口同音に話す。