Jリーグ開始までの1年を埋めるため
川淵チェアマンがカップ戦を思いつく

そんな歴史を紡いできたルヴァンカップ(旧ヤマザキナビスコカップ)はどのようにして生まれたのだろうか。

 時は1991年7月1日。サッカー界の飛躍のきっかけとなったこの日に、日本プロサッカーリーグが発足した。愛称は「Jリーグ」。JSL(日本サッカーリーグ)は1992年の3月29日にその役割を終え、93年5月15日のヴェルディ川崎 対 横浜マリノスの開幕戦で、新生Jリーグは始動することになっていた。

「プロ化を成功させるためにカップ戦を考えた」と振り返る川淵三郎Jリーグ初代チェアマン

「プロ化に向けて、1992年に前身のJSLが終わるんですよね。Jリーグは1993年からスタートするということである程度固まっていたんですが、それまでの1年間を完全に空白期間にしてしまうというのは、プロ化を成功させるという観点から見てもあまりに(期間が)空きすぎるだろうということで、ここにカップ戦を持ってきたいと考えたんです」

 Jリーグ創設の功労者の一人として知られる、Jリーグ初代チェアマンの川淵三郎は、このように語る。この時、川淵の頭の中には1990年、91年にコニカが冠スポンサーにつき開催された「コニカカップ」が念頭にあったという。

「コニカカップというものをやってね。準決勝の西が丘(サッカー場)が満杯になるくらいに入って。それはJSLの観客動員力を考えれば悪くない数字でね。決勝は国立(競技場)に2万人ほどを集めた。そうしたことがあったから、プロ化した後のカップ戦のスポンサーもコニカがやってくれるものだと考えていたんですが、断られてしまって。91年頃の話ですかね」(川淵)