戦後、辻復と再婚、52年には市ケ谷に「吉行あぐり美容室」を開店。2005年に閉店するまで、90歳を過ぎても現役の美容師として働いたことが、NHKのドラマ放映とともに話題になった。著書『「あぐり美容室」とともに』で彼女の晩年、94歳の時の生活を知ることができる。朝は4時に起床。健康法は散歩。それから、1日にやかん1杯分のお茶を飲むようにしていたそうだ。

 彼女の食生活を見てみよう。朝ご飯は果物、新聞を読み、昼ご飯には〈パンと牛乳、ヨーグルト、野菜サラダ、卵、プルーン、ジャム、バター等。あとはコンソメスープとかトマトジュース〉という具合。夕食は6時頃、1人で食べる。〈ある日は、わかめの味噌汁、魚、野菜、豆腐など。また別の日は、魚、ナスの味噌汁、やまいも、野菜煮〉。彼女の長寿を支えたのはこんな、ごく普通の献立だった。

 たまに娘と外食をする。90歳を過ぎて焼き肉に開眼した、という記述が印象的だ。〈食べることが健康のもとです。九十歳をすぎて、それがやっとわかりました〉

 と彼女は記している。晩年、海外旅行にも行くようになり〈新しい体験は寿命を七十五日のばす〉と書いている。次はどこにいらっしゃるんですか? と聞かれた時、彼女は「たぶん、天国じゃないですか」と答えていた。借金、夫との死別、息子と娘を先に亡くすなど人生は穏やかではなかった。それでも確かな意志と少しのユーモアを持って、彼女はおよそ1世紀を生き抜いた。

参考文献/『「あぐり美容室」とともに』吉行あぐり著

(小説家・料理人 樋口直哉)