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11月22日、韓国議会は米韓FTA(自由貿易協定)の批准同意案を可決した。反対派の民主労働党議員が議場内で催涙弾を炸裂させるなか、与党ハンナラ党が強行採決するという大荒れの展開だった。
問題となったのは「ISD条項」だ。政府の規制などによって韓国に投資した米国企業が損害を被った場合、企業が政府を訴えることができる、というものだ。米韓FTAについては、韓国側に一方的に不利な“毒素条項”が含まれるとされ、日本のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加でも同様の事態になるとして反対派が喧伝しているが、その代表例である。
環境保護や国民の安全・福祉目的の規制であっても、それが企業の不利益になると見なされれば訴えられる、つまりは国家の主権が侵害されるというのが反対派の主張だ。
企業が無制限に政府を訴えられるとすれば、確かに大問題である。しかし実際には、「普通はそういったことはありえない。韓国政府はかなりていねいに予防線を張っており、むしろ日本にとって参考となる」(奥田聡・アジア経済研究所地域研究センター動向分析研究グループ長)。具体的には、国民の健康・安全、環境保護、不動産価格安定化などのための政策は適用排除、例外、留保などの規定がついている。
そもそも、ISD条項自体は米韓FTAに特有のものではなく、米国や韓国の既存のFTA、あるいは日本のEPA(経済連携協定)にも盛り込まれている。また、「これまで米国が提訴した案件で、判断が出た37件のうち、米国勝訴は15件」(奥田グループ長)だ。消費者の心証悪化などを考えれば、相手国の政府を訴えるというのは企業側にとっても多大なリスクを負う行為であり、よほどの不公正がない限り、割に合わない。
米韓FTAで毒素条項とされたものは10項目以上あったが、ISD条項以外は、韓国では解釈の誤りとしてすでにほぼ収束している。
韓国側にとって、米国に押し切られた“問題含み”の項目がいくつかあることは事実である。たとえば、大型車の税率を引き下げることになった自動車税の改定、薬価算定制度で参入企業に異議を唱えることを認めたことなどだ。
だが、韓国が一方的に譲歩したわけでもない。米国は交渉の過程で、農業分野のみならず、サービス・投資分野においても当初の要求から後退を重ね、米国内では「ほとんど取れるものがなくなった」という評価だという。
米韓FTAをめぐる動きは、交渉が決して一方的なものではないことを示している。TPP交渉への参加表明だけで、米国の思うままにされる、という反対派の主張は明らかに誤りだ。今必要なのは、正確な情報に基づいた活発な議論である。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 河野拓郎)