「デフレ脱却」を掲げて異次元緩和を進めても消費は伸びず、物価目標の実現時期が何度も先送りされる中で、安倍政権はこの数年、経済界に賃上げ要請を続けてきた。だが「官製春闘」の効果が上がらない中で、官邸からの“圧力”は、例年になく強かったという。

「アイデアとしては省内であたためてはいたが、幹部の間でも、税で民間の賃金にそこまで介入するのはどうかと、意見が分かれていた。だが今井氏からは強力な弾を出せと言われて…」と幹部は話す。

 ここでも、党の頭越しに税制改正の方向が固まったわけだ。

「一億総活躍社会」で存在感
アベノミクスの政策転換を演出

 今井秘書官の“腕力”を与党や霞が関に一躍、印象付けることになったのが、自民党総裁選で再選を果たした安倍首相が、2015年10月に発足させた第三次政権で打ち出した「一億総活躍社会」プランだ。

 この中で掲げられた「新三本の矢」は、最初に「強い経済(GDP600兆円)」こそ唱えているものの、残りの二つは「子育て支援(希望出生率1.8)」「安心につながる社会保障(介護離職ゼロ)」と、市場重視の成長戦略などを特徴にした以前のアベノミクスの「三本の矢」とはまったく肌合いの違うものだった。

 この「路線転換」を演出したのが、今井氏だった。

 総裁選前に、会合の席で今井氏に話しかけられたという財務省幹部はこう話す。「総裁選の弾として、これまでと違うものを打ち出したいのだが、一緒に考えてほしいと言われた。すでにいくつかの案を今井氏自身が持っていた」。

 また別の幹部も同じ頃、今井氏から声をかけられた。

「介護職員の待遇改善をやりたい。金(予算)は出せるよね」。政府部内ではほとんど議論がされていなかった話だが、半ば決めたかのように念を押されたという。

 素案作りを指示された経産省が当初、あげた案には、「一億総活躍」の文言や「600兆円」「出生率1.8」の数字はなかったという。これも今井氏が首相の意向を踏まえて盛り込み、数字の根拠になるデータ集めを指示したといわれる。

 円安などで企業業績は良かったが、格差が拡大し、大企業や富裕層重視の「トリクルダウン政策」への批判が強まっていた中で、従来、野党が主張してきた「底上げ政策」や社会保障に力を入れて党内外のアベノミクスへの批判を封じ、政権への求心力維持を図りたいとの狙いが透けて見えた。