「優れたリーダーはみな小心者である」。この言葉を目にして、「そんなわけがないだろう」と思う人も多いだろう。しかし、この言葉を、世界No.1シェアを誇る、日本を代表するグローバル企業である(株)ブリヂストンのCEOとして、14万人を率いた人物が口にしたとすればどうだろう?ブリヂストン元CEOとして大きな実績を残した荒川詔四氏が執筆した『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)が好評だ。本連載では、本書から抜粋しながら、世界を舞台に活躍した荒川氏の超実践的「リーダー論」を紹介する。
優れたリーダーは、なぜ「大胆な決断」ができるのか?
大胆な決断を下す——。
これができるかどうかは、優れたリーダーと凡百のリーダーを分かつ重要なポイントのひとつでしょう。そして、こうした決断を下すリーダーには、常に「大胆不敵」「勇猛果敢」といった評価が与えられます。しかし、それだけでは真実を捉えられないのではないかと、私は考えています。
もちろん、私は、その評価を否定するものではありません。しかし、単に「大胆不敵」「勇猛果敢」だから、大きな決断を下すことができるわけではない。長い長い時間をかけて繊細な思考を積み重ねてきたからこそ、ある一時点において果断な決断をすることができる。つまり、繊細さを幾重にも織り上げてこそ、真の意味で腹のすわった決断ができるのだと思うのです。
それを教えてくれたのは、ブリヂストン元社長の家入昭さんです。
当時、家入社長直下の秘書課長としてスタッフ業務を取り仕切っていた私は、家入さんから実に多くのことを学ばせていただきましたが、そのハイライトとも言えるのが、アメリカのタイヤ製造販売の大手企業であるファイアストンの買収でした。
1988年のことです。当初、家入さんは、ファイアストンとの事業提携を進めていたのですが、突如、イタリアに本拠を置く大手ピレリがファイアストン株の公開買い付けを発表。それに対抗すべく、ほとんど瞬時にファイアストンの買収を決断。文字通り「勇猛果敢」な決断をくだしたのです。
買収金額は約3300億円。当時の日本企業としては最大規模のアメリカ企業の買収でしたから、大きな話題となりました。しかし、社内外からは反発の嵐。それもそのはず。1日1億円の赤字を出しているうえに、大規模リコールの後遺症で、当時のファイアストンの経営状況は最悪だったからです。ソロバン勘定をすれば、どうみたってリスクしかない。
しかも、ファイアストンは、GEやフォードと並ぶアメリカの超名門企業。当時は日米貿易摩擦の真っ只中だったこともあり、日本企業がファイアストンを買収することに、アメリカ国内では感情的な強い反発がありました。
あるアメリカ企業のCEOから、「日本企業がアメリカの名門企業を買収したからといって、すぐに俺の会社と取引できると思うな」と暴言を吐かれたこともありました。実際、その企業は、買収直後に、ブリヂストンとの取引を中止。一瞬にして大工場丸々ひとつ分の商売がなくなったのです。しかし、そんなことが起きても、家入さんの決断は1ミリたりとも揺らぎませんでした。
なぜ、リスクしかないと言ってもよい状況であるにもかかわらず、このような大胆な決断ができたのか?
もちろん、一か八かの賭けに出たわけではありません。清水の舞台から飛び降りようとしたわけでもありません。「ブリヂストンという会社が生き残るためにはどうするべきか?」について、長年にわたって考え続けてきた結果、あの瞬間にあの決断をする以外に「道」がないことが明らかだったからです。だからこそ、あらゆるリスクをのみ込んで、躊躇なく果断な決断を行うことができたのです。