「優れたリーダーはみな小心者である」。この言葉を目にして、「そんなわけがないだろう」と思う人も多いだろう。しかし、この言葉を、世界No.1シェアを誇る、日本を代表するグローバル企業である(株)ブリヂストンのCEOとして、14万人を率いた人物が口にしたとすればどうだろう? ブリヂストン元CEOとして大きな実績を残した荒川詔四氏が執筆した『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)が好評だ。本連載では、本書から抜粋しながら、世界を舞台に活躍した荒川氏の超実践的「リーダー論」を紹介する。

リーダーにとって、「臆病さ」は美徳である

「臆病さ」を笑う者は必ず足をすくわれます。
 なぜなら、世界は常に不確実だからです。一寸先は闇。いつ何が起こるか、誰にもわかりません。今現在がどんなに順調でも、いつか必ず状況は変わります。にもかかわらず、甘い見通しのもと漫然と仕事をしていれば、一瞬で窮地に陥る。それが、この世界の現実なのです。

 だから、リーダーにとって「臆病さ」は美徳です。
 メンバーの誰よりも、臆病な目で世界を見つめる。あらゆるリスクを想定して事前に手を打ち、環境変動の兆候をいち早くキャッチして対応策を打つ。そんな臆病なリーダーでなければ、組織を継続的に存続・発展させることは不可能。重要なのは、臆病なセンサーの感度を極限にまで上げ、リスクを最小限におさえるために工夫することなのです。

 それを痛感したのは、タイ・ブリヂストンのCEO時代のことです。
 CEOに就任した私は、タイヤ需要が急激に伸びていたタイに第2工場を建設する必要があると確信。しかし、当時、急激な円高によって業績が悪化していた日本本社は否定的でしたから、何度も本社に掛け合い、粘り腰で説得する必要がありました。そして、なんとか日本本社の決裁を得たのはよかったのですが、「資金はタイ・ブリヂストンで調達せよ」という条件を付けられました。そこで、タイの日系金融機関から融資を受けたのですが、当時、タイの通貨バーツは、借り入れ金利が年利十数%と高金利でした。そこで、金利がバーツの約半分だったドルで借りることにしました。

 問題は為替リスクです。当時のタイは経済成長が著しく、バーツはドルに対しても非常に強かったので、為替予約などのリスクヘッジをせずに、ドルを“裸”で使っても全く問題がない。むしろ、リスクヘッジをすればコストが発生しますから、その分資金のコスト高になるわけです。だから、タイの優良企業や、日本企業のタイ法人の多くはリスクヘッジをせずに、ドルを“裸”で使っていました。

 しかし、私はこれが恐かった。いつ何が起きるかわからないからです。そこで、私は万全のリスクヘッジをかけることを選択。周囲の経営者のなかには、そんな私を笑う人もいました。「バーツは強く、今後はより強くなる予測さえあるんだから、ドルで返すときには、借金の金額が減る可能性だってある。うちはドルを“裸”にしているおかげで安いコストで大きな投資もできている」というわけです。

 しかし、私はそんな指摘を受けても、「そんなものですかね」と笑って聞き流していました。なぜなら、為替差益などというものは本業とは関係のないものだからです。誤解を恐れずに言えば、“あぶく銭”みたいなものなのです。

 それよりも、重要なのは「実力」。本業でしっかりと稼いでいる限り、為替差益などなくとも健全な経営はできます。むしろ、恐れるべきなのは、実力で稼いだ利益を為替差損で飛ばしてしまうこと。それは、現場で一生懸命に汗を流しているメンバーを裏切るに等しいことです。現場のモチベーションこそが会社の力の源泉。それを傷つけるようなことをしてはいけないと考えたのです。

 そして、その後、私の危惧は的中しました。突如、バーツが暴落。アジア通貨危機の引き金を引いたのです。もちろん、リスクヘッジをしていなかった企業は大損害を被りました。私はこの事態を予測していたわけではありませんでしたが、臆病であったことでまったくの無傷。着々とタイで業績を上げていましたから、余力をもちながら借金を返済することができたのです。