「優れたリーダーはみな小心者である」。この言葉を目にして、「そんなわけがないだろう」と思う人も多いだろう。しかし、この言葉を、世界No.1シェアを誇る、日本を代表するグローバル企業である(株)ブリヂストンのCEOとして、14万人を率いた人物が口にしたとすればどうだろう? ブリヂストン元CEOとして大きな実績を残した荒川詔四氏が執筆した『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)が好評だ。本連載では、本書から抜粋しながら、世界を舞台に活躍した荒川氏の超実践的「リーダー論」を紹介する。

「原理原則」から外れたときに、すべてが崩れる

 ビジネスには原理原則があります。
 これは、決して小難しい理屈ではありません。「生命を大切にする」「環境を大切にする」「ウソをつかない」「高い品質を保証する」など、小学生にもわかる当たり前のことです。しかし、この当たり前のことを毀損したときにすべてが崩れる。自分たちの会社や仕事そのものが社会的に否定される。原理原則とは、そんな厳粛な存在なのです。

 ところが、それほど重要なものであるにもかかわらず、しばしばなおざりにされているのが現実です。粉飾決算、原材料偽装、過労死……。これら、日々報道される問題は、すべて原理原則を踏みにじった結果として生じたもの。そして、ときには、会社そのものを存亡の危機に陥れてしまうのです。

 なぜ、こうした問題が起きるのか?
 さまざまな議論があると思いますが、結局のところ、リーダーのあり方に帰結すると私は考えています。組織の意思決定の最後の砦はリーダーです。どんな事態が起きても、リーダーが原理原則を死守できるかどうか。これが、組織のありようを決定づけるからです。

 とはいえ、これは口で言うほどやさしいことではありません。
 なぜなら、ビジネスは常に相反する価値観の相克のもとにあるからです。
 たとえば、利益と品質。事業を健全に進めるためには、適正な利益を確保しなければなりません。だから、原価率をできるだけ下げて、利益を確保する不断の努力は必要不可欠です。その不断の努力があってこそ、異次元の製品・サービスを生み出すイノベーションは生まれるのです。

 ところが、経営状況が悪化したときなどには、こうした健全な努力を逸脱する誘引が働きます。品質を落としてでも原価率を下げることによって、利益を確保できるのではないか……。その気持ちは、わからないではありません。経営者にとって利益は重要な指標ですから、この数字が悪化するのが恐い。なんとか利益を出したいというのは、経営者に共通する切実な願いだからです。

 しかし、これが危ない。ビジネスとは、お客様に信頼されるからこそ成立するものですから、「高い品質が第一」と掲げているなら、これは絶対に外せない原理原則。それをなおざりにすることによって、お客様の満足よりも“不健全な利益”を優先する組織に変質していくでしょう。その結果、短期的には利益を得られても、お客様の信頼を徐々に失い、長期的に衰退していくほかなくなるのです。

 さらにエスカレートすれば、「ウソをつかない」という原理原則すらも逸脱しかねません。たとえば原材料偽装。お客様には高品質な原材料を使っているとウソをつきながら、安価で粗悪な原材料を使って利益を出そうとするわけです。ここまで来てしまえば、社会的制裁は避けられないでしょう。