一国の首相が、「捨て石になる」と言うのは尋常なことではない。

 多分、野田氏は消費税の増税に対する不退転の決意を、仲間内の雰囲気の中でそう表したかったのだろう。しかし、この言葉ほど今のこの国の政治の不安定さを説明している言葉はない。

 私は、この言葉の背景をこのように理解している。

 もともと民主党という政党は、政策を軸に集まったわけではなく、権力をとるためだけの集団であり、現時点では党内融和を掲げる野田政権下でかろうじてまとまっているだけの状態にある。まとまっているのは、政治家個人にとって、まとまった方が都合がいいからで、党内のほとんどの政治家が、政策の実現より次の選挙に向けて、どのように振る舞ったら有利か、ということだけで行動している。

 いわば、野田首相は党内の分解をかろうじてつないでいるだけの党首であり、一方で直面する課題をこれ以上、先送りすることが許されないことを前の2人の首相よりも覚悟している、政治家だということである。

 こうした野田氏への期待とその限界は、私たちが、この100日時点で有識者を対象に行った緊急のアンケートでも浮き彫りになっている。

 首相の資質を問う項目では鳩山、菅の先輩首相を上回る期待が、この100日時点の野田氏に集まっている。しかし、100日後も期待できるか、という問いには6割近い有識者が期待できない、と答えている。

 私が問題だ、とここで提起したいのは、それ以前のことである。

 課題のこれ以上の先送りは、この国の破局そのものに直結する可能性がある。にもかかわらず、政治家はその現実を視野の外に置くかのように、自分の利害のために行動し、国民との距離が広がっている。

 その解決で党内をまとめ、国民にそれを説明し、説得する政治家の姿は見あたらず、当座をしのぐことだけが、政治家の行動となっている。