「偉大なアルゼンチンのサッカー選手、マラドーナが、1986年6月のワールドカップ・イングランド戦で見せた2度目のゴールは、金利の現代理論における“期待の力”を示唆したものだった」。イングランド銀行のキング総裁は2005年5月の演説でそう語った。

 マラドーナは5人の選手をかわし、60ヤードを独走してシュートを決めた。彼は直線的に走っていた。敵側選手の予想を利用したのである。キング総裁は「金融政策も同様に機能する。市場金利は中央銀行が何をするかという予想に反応する」と述べ、それを「金利のマラドーナ理論」と命名した。

 同行がインフレ目標を採用している大きな理由の一つに「マラドーナ理論」がある。中央銀行が目指すインフレ率を公開すれば、市場は中央銀行の今後のアクションを予想して金利形成を行う。同行がアクションを実際に取る前に、経済に影響を及ぼすことができる。

 ただし、近年のイングランド銀行のインフレ目標は緩やかなものになっている。英政府が同行に課している目標は+2%だが、インフレ率は+3%以上の状態がすでに2年近く続いている。英国におけるインフレ目標はかなり寛容な、達成実現までに時間がかかる気の長いものへと変容している。