気候変動は、直接、社会の暴力を増やすわけではない。「仕事がしにくい」「稼ぎにくい」「暮らしにくい」という生活状況の悪化を通じて、「気の持ちよう」ではどうにもならない心身の変化をもたらし、個人レベルの暴力を増やし、コミュニティの紛争を増やし、国を不安定にする。

 さらに細かく見ていくと、「生活状況が悪化するのは悪いこと」という単純な問題でもないことがわかる。生活状況がいったん悪化しても、すぐに通常の状況に戻ることが容易であれば、長期にわたる深刻な問題にはつながりにくい。しかし、以前の「ふつう」に戻ることが容易でなく、さらに貧困になるようだと、成り行きは全く異なるものになる。「今、お金がない」という個人の問題は、長期にわたる格差の拡大や貧困の世代間連鎖といった社会問題に変わってしまう。もちろん、その個人も救われない。

「今、お金がない」という日本の人々のためにあるのが、生活保護制度だ。しかし、利用し始めたときにはすでに、「お金がなさすぎる」という状況になっている。自力でも他の制度でもどうにもならないときの「最後のセーフティネット」だからだ。生活保護からの脱却を妨げているものの1つは低すぎる生活保護基準であることが、長年にわたって指摘されているのだが、改善される気配はまったくない。しかし、せめて改悪は止められないものだろうか。

日本の貧困を解消することは
実は「省エネ」につながる

 もともと生活保護基準は、「ふつう」と言える生活が難しくなる相対的貧困のラインより、やや低所得側に設けられている。生活保護基準を下げても「貧困線」は下がらないが、より深刻な貧困状態にある人々の人数は増える。また、「苦しいのに生活保護の対象にならない」という人々の「苦しい」のレベルもさらに劣悪になる。すると、格差は増大する。