さらに英国人のメンタリティーだが、彼らは「便利であること」を最優先の価値だとは思っていない。英国の不動産事情に精通する日本人はこう語っている。

「英国人はどんなに小さくても"庭付きの一戸建て"を好みます。そこで鳥に餌を与え、好きな花を植える生活を志向するのです。たとえそれがささやなか生き方だったとしても、社会はそれを容認するのです」

 果たして共産圏の国で、こうした「ささやかな生き方」や「個人の選択」は尊重されるのだろうか。あるいは人それぞれの「ライフスタイル」を共有することができるだろうか。

 ここ数十年、中国では「最新かつ便利」「高級な住まいに住み、贅沢を尽くす」が国民的価値となった。そんな中国からすれば、英国は時代に逆行した古い国だと映るのかもしれないし、「効率」を改革開放政策の重要なキーワードに据える中国では、民主主義的なのろさは「アンビリーバブル」なのかもしれない。

 日本と中国がそうであるように、互いの「メンタリティー」を理解し合い、受け入れることは簡単なことではない。英国人と中国人の価値観にも水と油ほどの差があり、頑ななまでに「民主主義」を貫く英国と、「効率の悪さ」をコスト上のロスだと完全否定する中国とは、あまりに対極的である。

 さて、こうした英国と中国は「経済的実利の追求」で結びつこうとしている。首脳間の対話では「英中蜜月時代」が到来したというのだ。果たしてうまくいくのだろうか。

 2000年代、日中も同じように戦略的に"互恵互利"を目指す時代があったが、実際のビジネスの現場では多くの日本企業が苦汁をなめた。中国の大きな傘の下でビジネスをする時代になったのは日本も同じだが、「老いた大国」がいかに中国から実利を引き出すのか──。そこには日本企業や日本人が学べる示唆が十分にあるのではないかと思う。

(ジャーナリスト 姫田小夏)