「億り人」と国税局の攻防

 ところで、「億り人」の中には、「税金申告しなくていい人」になりたい人も少なくないようだ。香港やシンガポールの同業仲間のもとに、昨年から移住希望者が増えている。仮想通貨の税金を払いたくないからだ。

「そんなことできるの?」と思われるかもしれないが、理論的にできなくはない。日本の「非居住者」になってから仮想通貨を売却して法定通貨にすれば、少なくても仮想通貨に関する部分の所得税は払う必要はない。

 移住(キャピタルゲイン&国外所得が非課税の国・地域を選択)した後にコインを売却。所得税のみならず、さらには相続・贈与税スキームをプロモーター提案のスキームで実行したいというリクエストも寄せられている。言葉は悪いが、どうせ「あぶく銭」なのだから、スキーム提供の報酬として10%を払っても痛くも痒くもないわけだ。税金55%に比べたら「安い買い物」という感覚らしい。

 ただし、非居住者と認められるのは、仕事の状況、保有資産の状況、家族の状況、居住場所の状況などを「総合勘案」して事実認定を行った結果となる。分かりやすく言うなら、税務調査というフィルターを問題なくスルーし、追徴の対象にならなかった場合だけである。時効は7年。あなたは、租税回避ゲームに耐えることができるのか。

 出国税にも触れておく。多額の有価証券などを保有する富裕層が海外移住(日本脱出)する場合、「将来日本に納税される相続税・贈与税」の流出を防ぐために、2015年度の税制改正で「国外転出時課税制度」、いわゆる出国税が導入された。

 課税対象になるケースは、ざっくり言うと、1億円以上の有価証券(含み益も計算)などを保有する人が海外に移住した場合、15.315%の申告納税が必要になる。仮想通貨は、この出国税の対象にはなっていない。
※ここで書いた出国税は、最近の観光関係の出国税とは異なる。

 ところで、私が一番興味があるのは、ビットコインの提唱者とされる「ナカモトサトシ」なる人物が本当に実在するのかということ、そして実在するならば申告義務があるのかという2点である。私の経験上、IT関連の天才たちは申告漏れが少なくないから(笑)

 ナカモトサトシは、100万ビットコインを所有する稀代のビリオン長者と言われている。さきほどのレートに100万を乗ずると時価が計算できる。なんと1兆2千億円! 下手な増税をするよりも、ナカモトサトシに適正課税したほうが手っ取り早い。

 くれぐれも言っておくが、「億り人」が「送り人(マルサ)」に「あの世(刑務所)」に送られないように、少なくとも確定申告だけはしておくべきだ。

佐藤弘幸(さとう・ひろゆき)
1967年生まれ。東京国税局課税第一部課税総括課、同部統括国税実査官(情報担当)、電子商取引専門調査チーム、課税第二部資料調査第二課、同部第三課に勤務。主として大口、悪質、困難、海外、宗教、電子商取引事案の税務調査を担当。退官までの4年間は、大型不正事案の企画・立案に従事した。2011年、東京国税局主査で退官。現在、税理士。他の著作に「国税局資料調査課」(扶桑社)がある。国税局課税部資料調査課(機能別に派生して設置した統括国税実査官を含む)は、税務署では調査できない困難事案を取り扱う部署である。資料情報及び決算申告の各係数から調査事案を選定、実地調査する。税務署の一般調査と異なり、「クロ」をターゲットにしているので、証拠隠滅や関係者との虚偽通謀を回避する必要があり、原則として無予告で調査を行う。