「裁量労働制」は、欧米では珍しくない雇用形態だ。だが、欧米で「長時間労働や過労死」が問題視されることはない。例えば、日本の「働き方改革」は、「法定労働時間40時間」に加えて「残業を繁忙期に月100時間認めるかどうか」が論点だ。だが、昨年のフランス大統領選挙の際、争点となったのは、「週40時間の法定労働時間を維持する(エマニュエル・マクロン候補)」か「週38時間に短縮するか(マリーヌ・ルペン候補)」だった。要するに、フランスでは残業など論点になるどころか、その概念すらなかったといえる。

 欧米では「裁量労働制」を導入しながら「長時間労働」が起きないのは、雇用者・労働者間で、明確な報酬・労働条件を合意した契約関係が結ばれる雇用制度だからだ。換言すれば、雇用者・労働者間の契約が曖昧な、「日本型雇用システム」だから、裁量労働制が長時間労働や過労死につながるということではないだろうか。

 筆者は、新卒で会社に入った時、入社式で雇用契約書を配られたのを覚えている。「10分以内に署名捺印して提出」と人事部の職員に指示されたので、我々新入社員は内容をほとんど確認する間もなく印鑑を押したし、契約書の修正など申し出る余地はなかった。新卒一括採用の場合、現在でもそれはほとんど変わらない(本連載第148回)。

 電通の若手社員の自殺事件のような、「ブラック企業」の問題や、派遣労働者が奴隷のような扱いを受ける問題は、曖昧な雇用者・労働者の契約関係から生じている。日本型雇用慣行というのは、労働者を守ってくれるものとはいえない。

 年功序列・終身雇用は日本社会に定着しているし、高い支持も得ている。筆者も別に、即座にその制度を廃止すべきと主張するつもりはない。だが、全ての雇用が明確な契約関係によって成立し、労働者の権利が守られる「新しい制度」を加えていく必要性は明らかにある。「裁量労働制」についても、このような日本の雇用制度全体の検討の中で、どのように導入すべきかを考えていくべきではないだろうか。

従来型の雇用制度を前提に
「裁量労働制」を批判するのは不毛だ

 もちろん、政府与党が導入しようとしている「裁量労働制」については、現在の「奴隷的」な日本型雇用慣行を残しながら導入することで、「長時間労働をタダ働きでさせたい」という財界の意向が反映されているという野党の批判は、間違いではないだろう。一方で、「裁量労働制」を全否定する野党も、旧態依然たる日本型雇用慣行に固執しているだけである。どちらにしても、今後の労働制度を考える議論としては、非常に心もとないのではないだろうか。