

たとえば、北欧のある保険会社は、自動車の走行データとGPSのデータから、運転者の“癖”をモニタリングしている。急発進や車線変更が多いといった実際の運転のパターンや、走行ルートにおける過去の事故件数などのデータを掛け合わせ、自動車保険の保険料を調整するのである。
ネット通販では、カートに商品をいったん入れたが結局買わなかったという履歴まで分析し、顧客一人ひとりの購買特性を分析、より正確な“リコメンド”(お薦め商品情報)を出すのに役立てている。
「過去から現在をいかに“見える化”するか。これまでは取り扱えなかったデータが経営に入り込む」と、EMCジャパンの徳末哲一常務執行役員ストラテジー・アライアンス統括本部長は言う。
ビッグデータの解析により「これから何が起きるのか」がわかれば、消費者の行動に即した広告を狙い打ったり、各種機器の異変を察知して保守やメンテナンスに使える。先述した購買特性を分析したリコメンドも、オンラインだけでなくリアル店舗では防犯カメラの映像から顧客の動きを捕捉することで、実現できるかもしれない。ツイッターなどで交わされる会話から流行の兆しを読み取り、製品開発に生かすこともできる。
「今までのマーケット調査は、たかだか1000サンプルのアンケートや20人のグループインタビューで消費者全体を語っていた。ところがビッグデータは“事実”そのものであり、かなり細かい部分まで検証できる」と、マーケティング調査の専門家であるトランスコスモスの萩原雅之エグゼクティブリサーチャーは期待を込める。
世界一のスーパーコンピュータ「京」を擁する富士通は、09年12月にビッグデータ関連の新サービスを提案する専門部隊、コンバージェンスサービスビジネスグループを設立している。同部門では昨年、社内である実証実験を行った。社員の健康診断データと、レセプト(医療費明細)データ、日々の運動の実績データを掛け合わせ、糖尿病になりそうな人を予測するというものである。
「医学の知識がある者がつくったわけではない。使用したのは数学の手法だけ」と、小林午郎・コンバージェンスサービスビジネスグループ戦略企画統括部長が説明する。約30項目の数値について過去の糖尿病患者の数値と照らし合わせ、発病リスクを割り出した。一般に、医者が「糖尿病の気がありますね」と診断をするとき、チェックしているのは空腹時血糖値とヘモグロビンの数値くらいという。実際、人間の目では大量の数値から異変を読み取るのは限界がある。しかしITを使えば、数十万人の社員に対し、1人当たり何千パターンものチェックができ、「来年、糖尿病になる可能性が○%」とまで予測することができる。
その結果、「医学的見地なしに、医者よりも高い確率で判定ができた」と小林統括部長。健康を促進しつつ医療費を削減したいという健康保険組合のニーズに沿ったサービスとなりうる。
マイクロソフトでは、日本語変換ソフト(IME)の開発に、ユーザーから集めたデータを活用している。ワープロで文章を書いているときの誤変換の事例や、ある単語の次に高い頻度で出てくる単語(「箱根」の次には「旅行」が多いなど)など、ユーザーのパソコンにたまったログデータを集め、精度向上の参考にするのだ。
同様の機能は、ネットを使っていると体験することが多いはずだ。たとえばグーグルやアマゾンなどの検索窓に単語を打ち込むと、次に続くであろう単語が予測表示される。グーグルはまた、ウェブ上に存在する大量の対語訳文書のデータを翻訳ソフトの機能向上に使っている。これもビッグデータの活用の一つである。
ところでマイクロソフトは、勝手にログデータを採ることはしない。「毎月、億単位のデータが来る」(石坂直樹・マイクロソフトディベロップメント・オフィス開発統括部シニアマネージャー)というが、必ずユーザーの承諾を得てから送信してもらう手法を取る。「当社は、かつて独占禁止法の問題で悪の帝国みたいな言われ方をされて以来、不正に情報を収集しているような疑念を持たれないよう、配慮するカルチャーがある」(石坂シニアマネージャー)。
今後、データの収集過程においては、プライバシー保護の問題が重視されるのは間違いないだろう。
とにかく、ビッグデータの活用とは、どんな情報を、どうやって集め、いかに事業に結び付けていくかという、経営戦略の根幹にかかわる問題といえる。
データウエアハウス大手の日本テラデータの中村博マーケティング統括部長は、「欧米企業が血眼になってデータ活用を模索しているのに対し、日本企業はまだ、それが企業の盛衰に影響するという意識が乏しい」と指摘する。
また、「特に小売りでは今後、パーソナライゼーションがカギになる。お客が次に何を買うかがわかっている企業とわかっていない企業で大きな差がつく」と、日本オラクルの山本恭典執行役員・製品戦略統括本部長兼データベースビジネス推進本部長は断言する。
ネット上の膨大なデータの活用というと、グーグルやアマゾン、フェイスブックといった企業が頭に浮かぶ。しかし、なにもこれらの“お化け企業”を目指さずとも、世に溢れ返るデータを既存のビジネスに生かさないというのは、もはや経営者の自殺行為といっても過言ではないのである。