週刊文春の報道により、にわかに燃え上がった女子レスリング界のパワハラ疑惑。五輪4連覇という偉業を達成し、国民栄誉賞まで受賞した伊調馨選手に対して、彼女の元コーチであり日本レスリング協会強化本部長の栄和人氏が、陰湿なパワハラを行っていたという「疑惑」だ。
世間の目は、栄氏やレスリング協会がパワハラをしていたのかどうかに注目しているが、この問題、単に女子レスリングやスポーツ界だけの問題ではない。日本企業でもいまだにパワハラは横行しているし、むしろそれは陰湿度を増しているように思えるが、パワハラやセクハラを生むメカニズムはどのような組織でも共通だ。今回は伊調問題に絡み、それらを生み出すメカニズムについて論じる。
弁護士が告発状を出す
という意味
週刊文春によれば、今年の1月18日、弁護士により内閣府の公益認定等委員会に告発状が提出された。その告発状には、日本レスリング協会のさまざまな不祥事と並び、栄氏による伊調選手への嫌がらせの実態が記されているという。
伊調選手は中学卒業後、故郷の青森県八戸市を離れ、愛知県の中京女子大学(現・至学館大学)附属高校に進学。高校、大学と栄氏の指導を受けた。その結果、アテネ五輪、北京五輪で、二大会連続の金メダルを獲得。この頃までは2人の関係も良好だったようだが、2009年に伊調選手が栄氏の元を離れ、名古屋から東京に移住。そこから、栄氏の嫌がらせが始まったという。
告発状が指摘するその嫌がらせ(パワハラ)の内容とは、伊調選手が指導を受けていた田南部力氏に対して「伊調のコーチをするな」と命じただけでなく、リオ五輪まで練習拠点にしていた警視庁レスリングクラブへ出禁。また、伊調選手が男子合宿に参加することも禁止したという。この報道に対して、栄氏もレスリング協会も警視庁も全面否定。不当な圧力をかけた事実はない、と主張している。
両者の言い分が真っ向から対立している以上、第三者としては、パワハラがあったかなかったか断じることはできない。しかし、状況証拠は真っ黒だ。そもそも、この告発状はれっきとした弁護士名で出されたモノだ。そこいらのネットの書き込みとはワケが違う。パワハラやセクハラの告発は、うっかりすると名誉毀損で「逆襲」される恐れがあり、セクハラ被害者も名誉毀損で訴えられることを恐れて泣き寝入りすることも多い。そのあたりのことは弁護士であれば十分に分かっているはずだ。普通に考えれば、弁護士がこのような告発状を出すということは、十分な証拠や証言が得られていると考えられる。
もちろん、パワハラやセクハラ問題にも、冤罪のケースもある。誰かが誰かを陥れるために、でっち上げるケースもある。しかし、証言が複数となると話が違ってくる。
昨年、ハリウッド女優のアシュレイ・ジャッドが、映画界の大物プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタイン氏をセクハラで告発。ワインスタインは映画界を追放されたが、この件ではアシュレイ一人だけの告発によってそうなったわけではない。ジェニファー・ローレンスやメリル・ストリープ、ジュディ・デンチなど、数多くの女優たちがアシュレイ・ジャッドに続き、セクハラ被害を告発し、非難のコメントを出したことによる。一人だけの告発なら、冤罪の可能性もなきにしもあらずだが、複数の告発となると、やはりハラスメントがあったのだと思えてくる。