ご挨拶を兼ねてお部屋にうかがうと、いらしたのはご主人の雨宮さまだけだった。
「本日は奥さまのお誕生日でございますね。ささやかですが私どもからプレゼントをご用意したいと思っております。奥さまのお口やお身体に合わないものをご提供してしまわないようにしたいのですが、何かご希望はございますか?」
「そうだな、特にはないけど、家内はお酒が好きでね」
「かしこまりました。ワインでしたら赤と白のお好みはありますか?」
「ワインだとロゼ派なんだよ」
「かしこまりました。他にリクエストはございますか?」
すると、ご主人は「家内は後で来るんだけど、そのタイミングでこの手紙と一緒に持ってきてほしい」と言って封筒を差し出し、その後、お財布からチップをくださったのだ。
その時、ご主人が持っていたお財布に目が留まった。
雨宮さまのお財布は、かなり使い込まれた革製の黒い二つ折り財布だったのだ。
数々の自己啓発書によれば、あんなボロボロの財布だと中のお金ものびのびできず、窮屈なはずなのだけれど……。
「キミ、この財布が気になる?」
「あっ、すみません。年季の入ったお財布でしたから……」
「そうなんだよ。もう33年になるかな」
「33年!」
ボクが目を丸くしていると、雨宮さまはそのお財布をそっとボクに手渡してくれた。
手に取ると、より古くくたびれているのがわかる。
お金が貯まらないと聞かされている財布の典型だ。
それに、お財布から向きがバラバラなお札がはみ出してもいるし。
ただ、何度も修理に出しているのだろう。折りしろ部分は真新しい糸で縫い直されており、スナップボタンも新品だった。
「修理しながら使われていらっしゃるんですね」
「ハハ、修理代のほうが元値よりかかっているらしいよ。でもね、これは結婚した時に家内がプレゼントしてくれた財布なんだ。当時は貧しかったけれど、仕事を頑張っていてね。それ以来、ずっとこれを使っているんだ」
おかしいな。ボクの知識だと、成功するためには財布を3年に一度、新調したほうがいいはずなのに。
雨宮さまの財布は二つ折りで、かつボロボロ。お札の向きもちぐはぐなのに、それでも成功している。
「大切なお財布を見せていただきまして、ありがとうございました」
ボクが学んだ、成功する財布の法則がどんどん崩れていく。