もう一つの要因として、安倍首相が属していた「清和会」は、長きにわたり外交、安保、憲法改正などを主政策として扱ってきた派閥。一方で、財務省が司る税制などの政策は、財務省出身の池田勇人・元首相が旗揚げした「宏池会」(現岸田派)の分野だったこともある。

“安倍一強”が揺るぎなくなり
挽回できなかった財務省

 2015年頃になると、“安倍一強”は揺るぎないものとなり、経済政策のハンドリングの多くは、財務省から経産省へ次々と移った。財務省は、表向きの“看板”を保つのに必死だったが、田中一穂・元次官は遅れを取り戻すことができなかった。

 この頃から、官邸周辺に出向する財務官僚の口から、「官邸の走狗と化して働いているよ」という自嘲的な発言が聞かれるようになったが、加計学園や森友学園に関する問題も、不祥事の“種”はこの頃に撒かれていた。

 そんな折、主税局が35年ぶりに次官の座を主計局から奪う形で、佐藤慎一氏が就任する。2016年のことだった。

「経産省は、この機に乗じて財務省の弱体化を図りたかったでしょうし、安倍首相も財務省の働きに満足していなかった。だから、官邸が主税畑の佐藤さんを押したのは、強い信頼を得ていたというよりも、財務省の“掟”を壊したかったという意図があったのではないでしょうか。官僚は、省内人事に首を突っ込まれるのを一番嫌うからです。しかし、それができたのも、財務省内部の人材難が背景にあったのではないでしょうか」(官邸関係者)

 結局、佐藤元次官は目立った功績を残すこともなく、次官の椅子は福田淳一氏へと受け継がれていく。そして、この間、財務省が官邸の冷遇を避けるために“忖度システム”が過剰に機能し、結果として財務省はその身を滅ぼす原因を自ら作り出してしまったのだった。