それ以上に印象的だったのは、韓国の文大統領の表情だった。

 目を輝かせる同氏の表情には、首脳会談の開催によって悲願が達成されたという満足感、充足感が表れていたように見えた。嬉々として会談に臨む様子は、同氏がかなり問題解決に向けて楽観的なスタンスを持っているとの印象を与えた。

 文氏にとって、北朝鮮との融和はマニフェストの最重要事項だ。会談の実現によって支持率が高まり、為政者としての威信を高められる計算があったのだろう。それが同氏の過剰反応ともいえる表情に出たのかもしれない。

 もう一つ、文大統領が“過剰反応”と指摘される理由がある。

 それは、会談後に両首脳が署名した“板門店宣言”の中で、最も重要な記載が抜けたことだ。誰が、非核化を行うか、主語が記されていない。本来であれば、“北朝鮮が”非核化を行うと明記されなければならない。主語がない以上、北朝鮮が非核化に取り組むと論じるのは尚早だ。

 文大統領にはこの重要なポイントが理解できていない。

「ノーベル平和賞は、トランプ大統領が受賞すべき」と述べるなど、発言が行き過ぎていると考える専門家もいる。文大統領はトランプ氏を持ち上げ、自らの主張への配慮を得たいのだろう。そのトランプ大統領も、北朝鮮の態度が豹変したことを受けて、やや浮かれているように見える。トランプ氏は人から評価されると、すぐ気を良くする。それが米朝首脳会談に影響する可能性もある。

 首脳会談の開催を自画自賛する韓国大統領の言動は、国際社会にとってのリスク要因ともいえる。韓国メディアの論説を見ると、拡声器の撤去は時期が早すぎると指摘するなど、比較的冷静だ。野党は北朝鮮が非核化を行うことが明記されなかった点を批判している。韓国世論が冷静に、必要な取り組みを政権に求められるかが重要だ。韓国民主主義の実力が問われているといってもよい。

本当に北朝鮮の実態は
変わったのだろうか?

 現時点で冷静に考えなければならないことは、本当に、北朝鮮の核問題が解決に向かっているか否かだ。この問題の解決は、最終的かつ不可逆的に北朝鮮が核を放棄するということだ。