母は、自分のことは常に後回し。信念が固く、根気強いので、とにかく我慢の日々を繰り返してきたが、ある時、「お父さんと別れたいけどいいかな?」と相談してきたので、ボクも母が我慢していることは知っていたから、「もう別れてもいいんじゃないかな」と背中を押し、その翌日に離婚した。
ボクは当時自立していたが、15歳下の妹はまだ10歳だったので、働きだした母は仕事と家事の両立で専業主婦の時より忙しくなっていた。だから、頑張る母を見ては、父のことをより憎く感じていた。
でも、離婚してからの母はイキイキとしていて、「毎日が楽しい」と言うから不思議だった。
妹は現在、病気で入退院を繰り返したため高校を留年し、4年かけて卒業したばかり。アルバイトを始めたものの、体調が毎日変わるから決して楽ではない。でも、妹なりに頑張っている。そして妹も母と同じく、ニコニコしながらいつも優しい。
「バイトはどう? 大変じゃないの?」
「楽しいよ。好きなことできるから困ってないし」
そう言いながら妹はテレビを観て微笑んでいる。
ボクはといえば、ホテルマンの仕事の時以外は、基本、眉間にしわが寄っている。
借金を完済し、幸せになったら、ボクも笑顔になれるだろうけど。
いけない、いけない。
また目の前の責任から逃げている考え方だ。油断すると、すぐこれだ。
ところで、「幸せになる」って、どういうことかな……。
ボクは、母と妹にいきなり「幸せ?」と質問してみた。
ビックリしたのは、二人同時に「幸せだよ」と即答されたこと。
「母さん、それはどうして?」
「そうだねえ。考えたこともなかったけど、好きなことはできているし、自由だし、何にも困っていないし」
「例えばだけど、もっとお金があったらいいとか思わない?」
と妹に聞くと、
「思うこともあるけど、今のバイトだってお金で選んだわけじゃないから。お金と幸せは別物だし、お金があっても好きに生きられないなら、私はそっちのほうがイヤ」だそうだ。
「私もそれと同じこと、ずっと思っているわよ」と、母も続けた。
二人とも達観しているなあ。
もしかして、いまだに父さんを許せないのはボクだけ?
同居するようになってから、二人が父の悪口を言っているのを聞いたことがない。
そもそも話題に出さないし。
この二人こそ、本当の意味でのポジティブシンキングだ。
「母さんは、本当に何も困っていないの? 不満くらいあるでしょう?」
「ああ、あるわよ」
母はちょっと声を強めて言った。
「タイチが自立しないこと!」
「そうだね……」
確かにそうです、ボクが自立できれば母はもっと幸せだろう。
なかなか結果を出せなくて、情けないよ。