「そうしないとちょっとした事故でも、いつ自分が加害者にされて、刑事罰を受けるか、恐い状況があります。私のところにも、気の毒な依頼が舞い込みます。

 ただ車がかすっただけの事故で、最初は相手も痛いともなんとも言っていなかったのに、示談がこじれて1ヵ月くらいたったあたりで急に首が痛いと訴えだし、整形外科にかかってむち打ち症の診断書を出してきた。

 自動車運転過失致傷で略式起訴されたため、『そんなバカな』と反論したら正式に起訴され、有罪にされてしまった、何とかしてほしいとか。ひどい話です」

 事故が起きてからだいぶ日数がたった後で、障害が起きてきた…という話はよく聞くが、それが本当に、その事故に起因するものなのかどうかは、ケガを治すのが専門の臨床医には難しそうだ。さらに、首や腰の痛みは心因的な要因によるものも多いので、考慮するべきだろう。

「臨床医は、加害者にされる相手のことは考えず、自分の患者さんの訴えだけを聞いて診断してしまいがちです。日本でも今後、交通事故や傷害事件に関する訴訟は増えていくでしょう。ケガの原因を究明する、臨床法医学の必要性はこれからますます高まっていくと思います」

 子どもの虐待に加え、高齢社会のなかで、今後は老人虐待の案件も増えてくるはず。

 ところが、日本全国で、臨床法医学の分野に臨床医も交え組織だって取り組んでいるところは、今のところ千葉大の法医学教育研究センター1ヵ所だけ。それよりも何より、法医学者の数自体、全国に140人程度(2018年4月現在)しかいないことをご存じだろうか。

 これは相当恐ろしいことなのだ。

◎本村あゆみ
国際医療福祉大学医学部講師(取材時は、千葉大学附属法医学教育研究センター助教)

佐賀医科大学(現・佐賀大学)医学部卒業。8年間の救命救急医勤務の後、法医に。千葉大医学部附属法医学教育研究センター助教、東京大学法医学講座特任所助教(兼務)を経て、2018年5月より現職。2児の母でもある。

◎岩瀬博太郎
千葉大学附属法医学教育研究センター センター長
東京大学医学部卒業、同大学法医学教室を経て、2003年より現職。14年より、東京大学法医学講座教授も兼務。