2018年6月20日、ソフトバンクグループに3人の副社長が就任した。マルセロ・クラウレ氏、ラジーブ・ミスラ氏、佐護勝紀氏の3人だ。米携帯子会社スプリント会長で、5月からソフトバンクグループ全体の事業を統括するCOOに就いているクラウレ氏に対しては、「週刊ダイヤモンド」が2015年1月に独占インタビューを行っている。自身が創り、育てた1兆円企業をソフトバンクに売却し、孫正義社長の下で働くことを決めたクラウレ氏とはどんな人物なのか。(聞き手/「週刊ダイヤモンド」編集部 深澤 献、インタビューは2015年1月に実施)

マルセロ・クラウレ・ソフトバンクグループ副社長
Marcelo Claure/1970年、ボリビア・ラパス出身。米国の大学卒業後、ボリビアサッカー協会に参加。携帯電話卸売会社ブライトスターを起業し、1兆円企業に育てるも、2013年10月にソフトバンクに売却。その後、14年8月に米携帯電話3i位のスプリントのCEOに就任。18年6月、ソフトバンクグループの副社長に就任 Photo by Ken Fukasawa

──携帯電話卸売会社のブライトスターをゼロから世界一に育て上げながら、それを孫正義社長に売ってしまい、さらにスプリントのCEOという全く別の職についた。そこに至る経緯を教えてほしい。

 人生においては、印象深い出会いというものがあるが、マサ(孫正義)との出会いはまさにそれだった。特にマサのような偉大なビジョンを持った人に出会ったというのは、まさに特別な瞬間だった。

 マサに初めて会ったのは2012年12月。そして、最初の大きなビジネスが決まったのが12年12月12日という特別な日だった。

 マサのことは以前から知っていて、「マサとあなたはよく似ているから、是非会うべきだ」と言ってくれる人もいた。だから、出張でアジアに行くたびに、マサに会えるようアシスタントに調整を頼んでいたんだ。

 ある日、中国で開かれる世界経済フォーラムでスピーチをすることになり、その際にマサが会ってくれるとの連絡を受けた。面会は10時からなので、朝5時に日本に着いた。翌日は中国でスピーチだから、12時には発つつもりだった。もちろんブライトスターでは1日に2、3か国を移動するのは普通だったから、それは大したことではない。

 ただ、会う直前になってソフトバンクの人に「マサは忙しいので時間は15分だ。挨拶だけにして、くれぐれも新しいアイディアをマサの頭に入れないでくれ」と忠告された。