一生目が覚めないかもしれないのに、なぜ人は毎日安らかに眠れるのか?写真はイメージです Photo:PIXTA

死ぬことと寝ることは何が違うのだろうか?どちらも自分のあずかり知らないところで世界が動いてしまうことに変わりないはずなのに、人間は死だけを異様に恐れている。タナトフォビア(死恐怖症)を抱える著者と哲学者の森岡正博(早稲田大学人間科学部教授)が、死の本質に迫る。※本稿は、日本タナトフォビア協会代表の浦出美緒『死ぬのが怖くてたまらない。だから、その正体が知りたかった。』(SBクリエイティブ)の一部を抜粋・編集したものです。

脱宗教化が進む社会ほど
死の恐怖に苦しむ人が多くなる

森岡正博(以下、森岡):宗教に人が惹かれていく、かなり大きな原因が私はタナトフォビアだと思っているんです。

 例えばキリスト教の信仰のある人としゃべっていると、やっぱり死後の復活というのが信仰の肝なんです。復活とは、この世で死んでも魂は永遠という話で、それを保証してくれたのがイエスだった。だから、神の子であるイエスがこの世に生まれ、罪を引き受けて死んでくれたということを信じることによって、イエスが処刑のあとに復活したのと同じように、我々も復活できる。そう信じられる。それがキリスト教の中心にある考え方であり、信仰なんですよ。それって要するに、死んで終わりたくないという強い気持ちが信仰の中心にあると思います。

──「私もずっとそう思っています。死が怖いというよりも、死後に何もないということが怖い。みんなそうなのだと、心の奥底で人間はみなそう感じているのだと」

 死後が無だと困る、死んでもまたこの世界に復活したい。その希求の発露が信仰ではないのか。