病床の削減、医師不足、医療費の高騰など、医療や医療費に関する報道が後を絶たない。
そうしたなかで、かつて財政破綻後の夕張に医師として赴任していた森田医師が、夕張および全国のデータ、さらに医療経済学的知見から見えてきたのは、医療経済の拡大が必ずしも健康と比例しない現実であった。最近、『医療経済の嘘』(ポプラ社)も上梓した森田医師が提唱する医療と経済のあるべき関係とは。最終回では医療経済の問題を解決する方法を提唱します(医師、森田洋之)

医療費はなぜ高いのか

現在の高齢者は、1週間の抗生剤投与や外科手術でピシャッと治るとは言い難い「慢性疾患」を一つひとつ獲得しながら歳を重ね、長い療養の後にやがて死を迎えます。
その結果、日本の医療費は膨張を続けています。

いくらなんでもこれでは国の財政がもたない、ということで、今から40年ほど前の1980年代に「医療費亡国論」が唱えられ、そのあたりから、「医療費上昇の要因」として「医師数」や「診療報酬」が問題視されるようになります。

結果として医師数も診療報酬も、国家政策によって制限されるようになりました。

国の立場からすると

「医療費が高騰するので診療報酬を抑える」

は正論ですが、銀行から多額の借金をして病院を建て、借金を返しながらギリギリの経営をしている民間病院の立場から考えるとそれは容認しかねる話です。

とはいえ、それでも報酬は抑えられる。では病院はどうしたらよいでしょう?

診療報酬(≒診療一回に対する収入)が目減りするなら、患者を多く集めて診療回数を稼ぐしかありません。商売の世界でいう、いわゆる「薄利多売」の方法論です。医療業界は、業界全体でその方向に舵を切らざるを得なくなったわけです。

こんなことが日本中で繰り返されるようになって数十年、知らない間に日本は、

・病床数世界一
・外来受診数世界2位
・CT・MRIも保有台数も世界一

こうして現在の「国際的に見て異次元レベルの薄利多売の世界」が形成されていった、というのが本当のところなのではないでしょうか。

海外から見て異次元レベルの医療の量、しかも医師は少ない、そりゃ医師不足にもなるでしょう。では、医師を増やそう→そしたらまた医療の量が増えちゃった。どうしてそうなってしまうのか、その原理を考えると「医療市場の失敗」に行き着くのです。

医療の問題は「誰が」悪いのか

こう説明すると、

「命を守る医療なのに、こんないい加減なことでいいのか!」

とお怒りになられる気持ちもよくわかります。

「どうしてこんなことになってるんだ! 誰が悪いんだ! どの業界があくどく儲けてるんだ!」

と犯人探しをしたくなりますよね。

でも、こうした「社会のモヤモヤした問題」を誰かのせいにした時点で「思考停止」に陥るような気がします。

悪者を見つけて叩くと気持ちいいですけどね、でもその気持ちは問題の本質から目をそむける結果にもなりかねません。

たしかに、医療側も広告や宣伝などで必要以上に需要を喚起したり、情報の非対称性をうまく使って医療供給を増やしたり、反省すべき点も多々あります。

しかし、病院の経営者も雇用している医師や看護師・薬剤師にリハビリのPT(理学療法士)・ОT(作業療法士)、彼らとその家族の生活を背負っていて必死なのです。

それぞれに事情があるなかで犯人探しをして、誰かを悪者にして溜飲を下げる、などということにもましてもっと大事な、本質的なことがあるように思います。

そもそも論で言えば、国民が、

「医療も市場に任せていれば大丈夫」

と思っていることこそが、つまりあなたが、

「病院がいっぱいあっても競争に負けたところが淘汰されていく」

という幻想を抱いていること、また、

「病院のことや病気のことはよくわからないから先生にお任せしよう」

という当事者意識の欠如こそが、問題の本質なのかもしれません。

つまり、「病院が悪い」「◯◯が悪い」と誰かのせいにして終わり、という話ではなく、

「薬を飲む前に、いまの生活習慣で治すべきところはないか」

とか、

「CTやMRIをただただ、ありがたがって、大きな病院に通ったりしてはいないか」

とか、

「自分に家族に、本当に必要な医療ってなに」

とか、国民全員が、当事者意識を持って、ゼロベースで考えてみることが大事なんじゃないかな、と思うのです。

「自分や家族に本当に必要な医療の量」がわかって、初めて「地域に必要な医療の量」を知ることができる。

そこから始まらないことには、

我々はかけがえのない医療資源を使い果たしながら、どこまでも病院ばかりを求めてしまうでしょう。

もちろん、例えば若い方の大病や怪我など、緊急の処置や専門的な手術が必要な場合などは躊躇なく救急車や総合病院を使うべきです。

私も20代の頃、盲腸を緊急手術してもらった命をとりとめました。そうした急性期医療の部分は確実に確保されていなければならない(とはいえ、現状のように全国津々浦々にそうした病院が必要なのか、もっと集約化して全ての疾患・全ての救急を受けられる病院が必要なのではないか、という部分は議論の余地があると思います)。

それは間違いないのですが、実は今の医療現場における患者の多くは高齢の方々で、しかも対象疾患の多くは慢性疾患なのです。

「うちのお爺ちゃん・お婆ちゃんに必要な医療・介護って何なのだろう?」

ということを、家族で、みんなで、本気で考えて、それでもやはり専門家の意見が聞きたい、そのときにはぜひお近くのお医者さん(できれば専門医ではなく家庭医)に相談してください。

本当の家庭医なら、あなたやご家族に、収益重視でなく、文字通りの「過剰でも不足でもない医療」をアドバイスしてくれると思います。

これからの地域の医師(家庭医・かかりつけ医)の存在意義はそこにこそあるのではないでしょうか(ただ、本当の意味で患者中心の医療を実践してくれる家庭医・かかりつけ医が地域に十分そろっているかと言われれば、現時点ではまだまだそうではないと思いますので、ここは期待を込めての発言でもあります)。

私は現場の患者さんや地域の方々の声をたくさんお届けしていますが、それは医師として、

「地域の方々の良き相談相手」
「わかりにくい医療の世界の翻訳家」

でありたいと強く願っているからです。

森田 洋之(もりた・ひろゆき)
医師、南日本ヘルスリサーチラボ代表
1971年横浜生まれ、一橋大学経済学部卒業後、宮崎医科大学医学部入学。宮崎県内で研修を修了し、2009年より北海道夕張市立診療所に勤務。同診療所所長を経て、現在は鹿児島県で研究・執筆・診療を中心に活動している。11年、東京大学大学院H-PAC千葉・夕張グループにて夕張市の医療環境変化について研究。14年、TEDxKagoshimaに出演、「医療崩壊のすすめ」で話題を集める。16年、著書『破綻からの奇蹟~いま夕張市民から学ぶこと~』にて、日本医学ジャーナリスト協会優秀賞を受賞する。これまでに、厚生労働省・財務省・東京大学・京都大学・九州大学、その他各種学会など講演多数。また、NHK・日本経済新聞・産経新聞・西日本新聞・南日本新聞・日経ビジネスなど取材多数。