こんまりさんこと、近藤麻理恵さんの「人生がときめく片付けの魔法」の英語版「The Life Changing Magic of Tidying Up」が英語圏で話題になってからしばらくたちます。2015年にTime誌が選んだ、影響力ある100人にも選ばれましたが、まだまだ身の回りで「Danshari」が完全に通じるかと言われると、そうでもありません。「minimalism」や「zen-idea for buying or having things」みたいな説明をするとわかってもらいやすいのではないでしょうか。「zen」はイメージしてもらいやすいので。
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The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and OrganizingMarie Kondo(著)Ten Speed Press
しかし家が大きく、消費が経済の最も重要な位置を占める米国は、このアイディアとは真逆の世界。とにかく、物を捨てずにたくさん買うので、身の回りが物であふれることになります。それは大人になる前、生まれてすぐから、その環境で育つわけです。
バークレーに住んでいるアメリカ人の家にお邪魔すると、4歳の娘さんのおもちゃがそこら中に散らばっています。ついついお片付けの手伝いをしたりするのですが、家中片付けても収まる場所がないぐらい。こんなことを言っては悪いのですが、2/3を捨ててしまっても気づかないんじゃないかと。いや、捨てませんけど。
一方、日本でも米国でも小さなアパート暮らしの筆者は、日本を離れるとき、大量のモノを捨てました。こういうのは目をつむって一気にやるか、誰かにやってもらう方が効率的です。「これはあのとき手に入れたもの」「いや、いつか使うかもしれない」といった私情が挟まりませんからね。
驚いたのは家人の潔さ。筆者が引っ越しの荷物に含めていた衣装ケースも粛正され、バークレーに着いた頃には3ケースが1ケースになっていました。さすがに捨てすぎでしょう、と思ったのですが……。
しかしアメリカでDanshariが大流行すると、世界経済に影響を与えるんじゃないかと思いました。モノをため込みがちな筆者ですら、「物を捨てるんなら、最初から買わない方がいいじゃないか」という単純な心理から、物を買わなくなっていきましたから。
ネット/クラウド時代の進展で、物理的な存在が消えていく
米国への引っ越し以来、筆者も思い切りよく捨てることができるようになりました。そもそもあまり物を買わなくなってしまったので、持ち物が増えにくい構造もできあがっていることに加え、2010年以降はさまざまなモノのデジタル化が進み、所有しているモノが物理的な存在を持たないようになりました。
米国への引っ越し前、最も膨大な容積を占めていたのは書籍とCDです。特にCDは、結局Macに取り込んでiPodなりiPhoneで聴いていたので、取り込んだデータさえ残っていれば、目をつむって捨ててしまっても「音楽を聴く」という体験そのものは継続できました。いや、本当は連れていきたかったんですが。
思い起こせば、データにも物理的な存在がありました。ケータイ世代の筆者が初めてパソコンを手に入れたPC-9801の時代は、フロッピーディスクという存在がありました。雑誌の付録は5インチディスクだったので、わざわざ外付けの5インチドライブを秋葉原で買ってきたものです。
その後、Zipドライブ、MOなど、何種類かの磁気ディスク装置を経て、結局外付けHDDに落ち着きました。今考えれば、手元にある1TBのHDD以上の領域をクラウド上に確保しており、Googleフォトに至っては無制限ですからね。
こうして記憶させておく装置や媒体そのものもあまり目にしなくなっていきました。
ただ、カメラだけは、引き続きSDメモリカードを使っています。スマートフォンもカメラだと言われれば、確かに内蔵メモリに記憶しますが。ただ、撮影した画像を取り込む手段もワイヤレスになってきました。近接距離で高速転送するTransferJet対応カードなんかも登場し、ケーブルレスは今後も進んでいくでしょう。
ワイヤレス時代の弊害
普段、電源ケーブル以外のほとんどのケーブルを使わない生活が定着していることから、個人的には「ケーブルが必要な場面が苦手」になりつつあります。
たとえば、出先で自分のコンピュータやタブレットの画面をプロジェクターやテレビに映したいとき。普段映し出すテレビにはChromecastやApple TVがつながっているため、ケーブルなしが当たり前でした。でも、常にそれが通用するわけではありません。
同じように自宅でも、古いHDDのデータを取り出そうとしたまさにその状況が起きました。どの電源ケーブルがHDDにつながるのかわからず、またHDDをMacに接続するためのケーブルを持ち合わせていない事に気づいたのです。
いくつかの候補となるACアダプタを試して、電源は見つかりました。しかしケーブルはほとんど「断捨離」で目をつむって捨ててしまい、それでも眠っているボックスの中からの発掘作業となりました。
ぜひUSB-Cには長生きしていただきたく
HDDはウェスタンデジタルの「My Book Studio」という製品。ちょうど分厚い辞書みたいなデザインで、背表紙のように丸みを帯びた前面に白いLEDランプが点るモデルです。用意されているのはFireWire 800のポート……。なんとか、真っ黒なFireWire 800ケーブルは発見しましたが、今度はそれをMacにつなぐ方法を持ち合わせていなかったのです。
MacBook Proは2016年モデル以降、Thunderbolt 3ポートしかありません。一応本体に直接差し込むタイプのドックはありますが、ここにはUSB 3.0とThunderbolt 3(USB-C)のポートしかないのです。
しかもよくよく考えてみれば、FireWire 800はThunderboltに変換しなければならず、そのThunderbolt(Mini Display Portと同じ形状)を、さらにThunderbolt 3(USB-Cと同じコネクタ)に変換しなければならないのです。
たった1度のためにApple純正の1本35ドル、1本45ドルもするケーブルを揃えるのも悔しい……と思っていたら、HDDの本体にはminiUSBポートもあるじゃないですか。作戦変更で今度はminiUSBケーブルを探すことにしたのですが、こちらも難航……。このHDDを買った頃は、まだmicroUSBが一般的じゃなかった時代だったわけですね。
とまあ、ケーブルの抜き差しがあるからこういうことが起きる、といわれればそれまでですが、伝送速度やケーブルの形状も、10年近くたつと色々変化があったのですね。いや、単純にAppleが変えすぎ、という話ではあるのですが。
あと、もう1点。多分、今年のタイミングで、USB-Cを搭載した2TBくらいのハードディスクを購入するのが吉なんじゃないか、と思いました。
もう、FireWireだの、Mini USBだの、古い規格を持ち出されても、対応しきれないというわけです。できれば、USB-C、Thunderbolt 3には長生きしていただき、今後も定期的に起きる断捨離によるケーブルの多様性排除のもとでも、つながり続ける存在になってほしいものです。
筆者紹介――松村太郎
1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。米国カリフォルニア州バークレーに拠点を移し、モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。
公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura