今回は山形県の料理だ。山形は県内の85%を山地が占めるが、県内最大の平野部が県北西の日本海側に位置する庄内平野だ。庄内は古くから、稲作を中心とした農業が盛んな地域である。また、北部に山形県唯一の港湾都市酒田市がある。
酒田は古くからの港湾都市で、江戸時代から明治時代にかけて、国内の貿易の要となった、北前船(きたまえぶね)の西廻り航路の重要な拠点として栄え、東北屈指の港町として「西の堺、東の酒田」とうたわれるほど、発展したのだった。
酒田は、そういった歴史的背景から、京都や大阪の影響を強く受けており、それは食文化にも波及した。筆者はこの連載でも、東北地方の宮城、青森、岩手、秋田料理を取り上げたが、山形の郷土料理はほかと比べて味も繊細に感じた。
そのような、庄内地方それも酒田を中心とした郷土の味を、なんと60年間に渡って(!)、銀座で食べさせる店がある。『郷土料理 おばこ』である。女将の大内さんは二代目だそうだ。有楽町や銀座一丁目の駅からすぐの立地にありながら、そこだけ、タイムスリップしたような、歴史を感じさせる、趣きのある外観の店である。
素朴ながらも上品な味わい。
さらっと食べられ夏向きのむきそば
メニューを眺めると、いろいろ食べたことのない品が並んでいる。食事のスタートに最も相応しいのは何かと、訊ねてみると、「うちではコースなどでは『むきそば』からスタートいたします」とのことだったので、さっそく注文してみた。なんでも酒田の名物料理だそうだ。
「むきそば」は、その名の通り、むいて茹でたそばの実に出汁をかけたものだ。この店では出汁は干し椎茸でとられているそうで、上品な味わいに仕上がっている。さらさらとした食感が印象的だ。上には海苔とわさびが添えられていて、わさびを出汁にとかして食する。
「冷たいのかぁ。これは夏に食べたら、とても旨そうだなぁ」
スタートもいいが、シメで、これを食べても美味しかろう。