蛍烏賊、鱧、すっぽん……、そんなつけ蕎麦が客の度肝を抜く。和食の名門「吉兆」で修業、ワシントンの大使館公使公邸の料理長まで務めた料理人は、和食を極めるほどに蕎麦へ傾向していった。そんな料理人が腕を振るう店でゆっくりと酒と蕎麦料理を味わいたい。
鱧のつけ蕎麦、すっぽんのつけ蕎麦……。
「誰もできないことをやる」試みが新しい味を生み出した
本郷三丁目駅から数分歩くと東京大学の赤門が見える。その手前の路地に「料理人・江川」がある。入り口にはふぐ料理の大旗幟がはためいていて、およそ蕎麦を出しているようには見えない。
「江川」が開店したのは2年半ほど前。瞬く間に、お昼のランチの「つけ蕎麦」が蕎麦通の間で話題をさらった。
スッポンのつけそば、鱧のつけそば、と初めて見るメニューに、いきなり客たちは度肝を抜かれたわけである。
蕎麦好きの間でも美味いという人がいれば、戸惑ったという人もいて、前者はリピーターとなって、夜にも熱心に通うことになった。後者はその話を方々で蕎麦前の肴代わりに語り、新しい客を呼び込むことになった。いずれにしても、「江川」の名は1年も経ず、いっぺんに広まった。
「どう思われようが、自分が美味いと思う蕎麦をつくった」と笑い飛ばすのは、「江川」の亭主、江川ひろしさんである。“誰もできないこと”それをやりきろうとすれば、賛否が極端になるのは当然のことで、評判は気にしないことにしているという。
店はカウンター席が4席ほどで、間仕切りのある2人掛けのテーブルが2席と6人と4人が座れる掘りごたつのお座敷がメインだ。夜はコース料理の客だけを取る。したがって、2人でも寛げる個室感覚の席や接待に憩える席になっている。