昭和30年代は今より地獄だった
緩和対策は2003年頃頭打ちに

 そもそも満員電車は、高度成長によって首都圏の人口が爆発的に増加したことが原因とされている。人口の増加に鉄道の整備が追いつかなかったのだ。

 現在の東京圏における主要区間の混雑率を見てみると、最も混雑率が高いのは、地下鉄東西線の木場~門前仲町。朝のラッシュ時はなんと、混雑率が199%。総武線の錦糸町~両国行きでは198%になる。

「国土交通省が規定する『混雑率の目安』によれば200%は『体が触れ合い相当圧迫感があるが、週刊誌程度なら何とか読める』とあります。最近は週刊誌ではなくスマホを見る人がほとんどだと思いますが、それでも乗車率200%はかなりギチギチの状態です」

 もちろん鉄道会社もこの状況を放置してきたわけではない。たとえば昭和30年代の総武本線は乗車率300%を超えていた。その時代から比べると、今の満員電車はこれでも、だいぶマシになったのだ。

「たとえば、1964年に始まった国鉄(当時)の『通勤五方面作戦』は、大きな成果を生みました。総武本線、中央本線、東北本線、常磐線の高架複々線化、東海道線と横須賀線の線路を分離するなどの試みの結果、混雑率は200%以下まで下がりました」

 このほか、国鉄私鉄ともに車両を大型化させ、長編成にしたり、地下鉄など新路線を建設して満員電車の緩和を図ってきた。ところが、順調に見えた整備計画も2003年頃を境に徐々に変化が乏しくなり、混雑率改善は頭打ち状態となっている。