ただ、一言付け加えると、小池都知事の行政のスタイルはまったく評価できません。最初は都の官僚を除外して多数の民間人の顧問を中心とする政策決定を行い、それがうまく機能せず、希望の党も失敗して叩かれると、顧問制度を終わらせて都の官僚が中心の行政に戻るという、両極端のブレを見せてきたからです。本来はその中間の行政スタイルが望ましいことを考えると、小池都知事は行政の長としては失格と断じざるを得ません。

 もちろん、以上は私の評価に過ぎず、他の識者やメディアは異なった評価をするはずです。そうした多様な評価が報道されてこそ、国民が自分なりの小池都知事への評価や東京の将来を考える機会となるのではないでしょうか。そう考えると、新聞やテレビが流行りの報道ばかりに終始しているのは、やはり問題と言わざるを得ません。

マスメディアの劣化に
いかに対応すべきか

 日本のマスメディアが抱えるこれら2つの問題は、もちろん以前から言われていることではありますが、最近の事例から考えても、改めてこれで日本の将来は大丈夫かと憂えざるを得ません。もしかしたら政治の劣化よりも、マスメディアの劣化の方が深刻かもしれないのです。

 だからこそ、私たち国民の側は、マスメディアの報道を鵜呑みにせず、ネットをフルに活用して自分なりの情報収集のスタイルを確立し、気になった問題については元データや発表元のオリジナル情報も見るようにする、といったことを実践する必要があるのではないかと思います。

 先日の西日本豪雨により、メディアでは自然災害からどう身を守るかという議論が盛んに報じられています。もちろん、それは非常に重要なことですが、同時に自然災害のみならずマスメディアの劣化に対して、自衛の手段を講じることも必要になっているのかもしれません。

(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授 岸 博幸)