御嶽海の人気はすでに全国区になりつつあるが、躍進をなにより喜んでいるのは出身地、長野県(木曽郡上松町)のファンだ。大相撲は呼び出し後の場内アナウンスで出身地を紹介することでも分かるように、地域性をことのほか重視する。力士は郷土の代表であり、ファンも地元出身力士を熱烈応援する構図が伝統的にあるわけだが、とくに長野県のファンにとって御嶽海は久々に表れた期待の力士なのだ。

 長野県はひとりの伝説的力士を輩出している。江戸時代に活躍した雷電為右衛門だ(出身地は現在の東御市)。1767年生まれで、初土俵は1789年。江戸幕府では松平定信が老中になり寛政の改革を始めた頃で、歴史の教科書に出てくる時代の力士なのだ。残された記録によれば身長は197センチで体重も160キロ以上あったといわれる。その時代の人たちから見れば、まさに怪物的巨漢だった。もちろん相撲も強く勝率はなんと9割6分。そのため大相撲史上最強力士ともいわれている。

 ただ、雷電がいかに偉大な力士だったとしても、200年以上経った今も長野県出身の代表として名前が出てくるのは、その後にこれといった強い力士が出てこなかったからでもある。

 現行の大相撲優勝制度が生まれたのは1909年だが、この109年で長野県出身の幕内力士はわずか7人。横綱、大関はゼロで、三役を務めたのは昭和初期の関脇高登だけだ。

 そのため2015年に角界入りし順調に出世した御嶽海は長野県出身力士としての記録的偉業を積み重ねることになった。2015年5月場所での十両昇進は全都道府県での関取不在最長期間37年を終わらせることになったし、7月場所の十両優勝は元前頭大昇以来66年ぶり、

 そして今回の幕内優勝は長野県出身者として初の快挙になったのだ。

 つまり御嶽海は長野県のファンから見れば、雷電以来、超久々に生まれた…というより、現行の大相撲では初めて出現した期待の力士ということになる。