お金の「攻撃性」

「お金は決して汚いものではない。お金とは、何かをして貰ったことに対する『感謝の印』として渡すものだ」という意見があり、筆者もこれに賛成する。ただし、これはお金の「明るい面」とでも呼ぶべき一方の側面だ。

しかし他方には、お金を渡したり、多く負担したりすることによって、相手に「恩」のような感情を喚起する一種の攻撃性が、お金のいわば「暗い面」として存在するのも事実だ。

 例えば、誰かが誰かにお金を「恵んでやる」(対価なしに一方的に贈与する)とするなら、お金を渡した側が精神的に優位に立ち、お金を受け取った側は何らかの「負い目」の感情を持つのが普通だ。

 お金は一方に「感謝」を、他方に「恩」を象徴するものとして、人々の間を巡っている。なかなか厄介な「象徴」なのだが、これは多分、現金払いがなくなってデジタル決済になっても、使われる通貨が暗号通貨になっても、変わらない性質なのではないだろうか。

「おごり払い」には、時にお金の攻撃性の側面を際立たせてしまう副作用が伴う。「おごる」側には、「今日は私が支払ってやる」のではあるが、同時に「今日は私が払わせてもらう」のだという感謝の気持ちが必要である。

 副作用に注意し、当事者の人間関係を踏まえて、前後の記憶と想像力を働かせながら運用するなら、デートでも、飲み会でも、会食でも、大人の支払いの基本型は「おごり払い」でいいのではないだろうか。

「割り勘」を基本と決めると気を使わずに済むのかもしれないし、「おごり払い」ではあれこれ気を回す必要があるのも事実だが、「気を使わない」ことを指向する人間関係は、しばしば「味気ない」と思うのである。

(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員 山崎 元)