また、公務員本人がそうしたバッシングを目にした際、彼らのモチベーションは当然のように下がり、仕事の成果を落とすことになるだろう。その状態が持続すると、やがて公務員はメディアの批判に何も感じなくなる。自己防衛本能が働くからだ。

 いつの日から、公務員には何を言っても構わないという風潮が生まれたのか。公務員には多くのクレームや不当な依頼が舞い込んでくるという。

 企業でも、コールセンターなどに対して絶えずクレームを行うモンスタークレーマーの存在が認められているが、人件費などの対応コストは当然、企業が負っている。一方、行政に対するクレームの場合は、その対応コストは我々国民が負担した税金から捻出されている。公務員批判をする人ほど、「公務員は厚遇だ」と声を上げるが、仮に厚遇だとすれば、なおさら公務員の時間を奪うことには慎重になるべきだ。

身分を隠す公務員

 行政の財源は今後さらに厳しくなると予想される中で、適切な官民連携によって状況を打開する必要がある。しかしながら、公務員のマイナスイメージの広がりは、この官民連携をも妨げている。実は、公務員が近所付き合いの中で、自らの職業を隠していることは少なくない。というのも、公務員である事実が明るみに出ると、それを理由にさまざまなことをお願いされたり、公僕であるはずが、時に下僕かのような扱いを受けることもあるからだ。

 ひどい時には飲み屋で市民から絡まれ、「お前は誰の税金で飯を食っているんだ?」「どのくらい給料もらっているか言え!」などと言われることもあるそうだ。そんなことでは身分を公開する気も失せるだろうし、草の根レベルの接点や官民交流は生まれるはずもない。同じ地域で生活しても互いが出会うことはなく、公務員は民間人を理解できないまま生活を送り、民間人も公務員への理解が進まない。

公務員による収賄の起訴件数は年間22件

 公務員は、癒着の疑いを住民やメディアからかけられることに過敏である。その点も行政と民間企業の距離を遠ざけている一因である。しかし、民間企業との過度な距離感は機会損失を生み、住民サービスの改善や改革を遅らせる。以前に松阪市が“明るい癒着”と打ち出し、民間企業との連携を推進したが、行政は透明性や優位性がある民間企業とは進んで接点を持つべきだろう。