「このまま、今の会社にいて大丈夫なのか?」
「どうすれば、一生食える人材になれるのか?」
ビジネスパーソンなら一度は頭をよぎるそんな不安に、発売2ヵ月で10万部を突破したベストセラー『転職の思考法』で、鮮やかに答えを示した北野唯我氏。
今回は、30代の一級建築士の方のキャリアのお悩み相談に、公開でお答えする。
※北野氏がパーソナリティを務めるVoicy「そもそもラジオwithT」の収録内容をもとに編集。
(構成:井上慎平 テキスト起こし:ブラインドライターズ

「専門性も経験もないまま30代を迎えてしまった」問題

北野唯我(きたの・ゆいが)
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、サイトの編集長としてコラム執筆や対談、企業現場の取材を行う。TV番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。2018年6月に初の単著となる『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』を出版。

初めての書籍『転職の思考法』の刊行から2ヵ月がたった。ありがたいことに多くの人に読まれているようで、知人からキャリアの相談を頂くことが一段と増えてきた。
個別に対応することはできないが、せっかくなので、今回は公開でお答えしたい。

DMで相談を頂いたその方は30代の女性。一級建築士の資格を取り、設計の仕事をしているが、キャリアについてある「悩み」を抱えているという。いわく、30代になったのに「専門性」と「経験」、どちらも身についていないというのだ。

補足すると、『転職の思考法』の中では、キャリアについて「20代は専門性、30代は経験、40代では人脈をとれ」とアドバイスしている。
専門性は誰でも努力によって獲得可能だ。一方で、経験はそうではない。だからまず20代は明確な専門性を身につけ、30代になったらその高度な「専門性」をもとに、「経験」を取りに行くべき。これが、アドバイスの本質だ。

彼女は一級建築士という資格を持ちながらも、残念ながらその両方をここまで身につけることができなかったという。大きな事務所に入ったものの、その大きさゆえに仕事が細分化されていて、全体像が見えず、「専門性」に不安がある。男性社会ということもあり、今後貴重な「経験」を任せてもらえるイメージも湧きづらい。そんな状況のようだ。
どうすればいいのだろうか。

「資格」とは、本質的にコモディティである

意識しておかなければいけないことは2つだ。
ひとつは、そもそも「資格」とはコモディティにすぎないということ。もう1つが、コモディティであるからこそ、キャリアの階段を上がるためには、何かとの「掛け算」が重要となるということだ。

一つ目の「資格はコモディティである」ということはどういうことか?
考えてみてほしい。そもそも、資格があるということは「正解」が存在し、その「正答率」によって、資格が取れるかどうかというジャッジが可能であることを前提としている。ということは「誰がやっても同じこと」をベースにしているということ。

『転職の思考法』の中では、仕事のライフサイクルという考え方を紹介した。

すべての仕事は、その職に就ける人の数(図ではイスを表している)が少ない(1)ニッチの状態から、誰にでもニーズが明らかになりイスが増える(2)スターの状態、そしてニーズが大きいがゆえに定型化の圧力が生じる(3)ルーティーンワークの状態を経て、(4)消滅に至るライフサイクルがあるという考え方だ。

ここで重要なのは、たとえどれほど高度に見える仕事であっても、定型化されてしまっている時点でコモディティにすぎないということだ。
しかも、士業になるためには多くのコストを払わなければならない。つまり、かなり厳しい言い方をすれば、資格を取るという行為は、相当高いお金を払ってコモディティ化された技術を手に入れようとしているとも言える。

まず認識すべきは、資格といえども、いや、むしろ資格化可能であるからこそ、それはただのコモディティに陥る可能性があるということだ。

だから、二点目の「掛け算」が重要になる。

これは、実は士業だけに限った構造ではない。
例として外資系の戦略コンサルについて考えよう。彼らは、いわゆる「プロフェッショナルファーム」で働き、高度な専門性を備えていると考えられている。しかし、ロジカルシンキングとか、分析の技術、パワーポイントを作る技術は、そのファームにいる時点で「持っていて当たり前」。結局キャリアを上がれるかどうかには、営業力やコミュニケーション能力、直感的な判断に優れているなどそれ以外の部分が多いに影響する。建築士の方も、その事務所にいる限り、建築に関するスキルだけで上に上がっていくのは難しいだろう。成熟産業には、高い専門性を身に着けた先輩がたくさんいる。先ほどの図で言えば、相談者の方は(3)でイスに座れずに立った状態でなかなかチャンスをもらえない可能性が高い。

経験を取るか、伸びているポジションを取るか

頂いたDMによれば、相談者の方は、建築士という仕事自体は好きだという。
だからここでは、建築という軸をずらさない前提で、どのようなキャリアを身につけられるかを考えてみたい。

具体的に、どうすればいいか。方法は大きく2つある。

ひとつが、「成熟しているように見えているけど伸びている場所」を探し、そこにピボットすること。

僕の友人の弁護士で、ITやベンチャーを専門に扱うファームに転職した人がいる。伸びている会社、たとえば、マネーフォワードやfreeeの案件を手がけられれば、今後同じFintechの分野で新しいベンチャーが上場するとき、大きな弁護士事務所を差し置いて、ケーススタディが溜まっているそのファームが選ばれる可能性は十分にある。
これは、「弁護士業界」という成熟産業の中で、伸びている分野を見抜きポジションを取った例だ。
弁護士も建築士と同じ「士業」だ。建築の仕事でも、伸びている事務所や、あるいは同じ事務所の中でも、伸びている部署があるはずだ。

まずやるべきは、同じ建築の業界の中でも特出して伸びている、おもしろいことをやってる会社を調べていくことだろう。おそらくこれをやっていない人は少なくないはずだ。

35歳での転職は、おのずとリーダーシップが求められる

もうひとつは、『転職の思考法』にも書いたが、「経験」を取りに行くアプローチだ。
キャリア形成に役立つ経験とは何か?わかりやすくいえば、リーダーシップをとる、プロジェクトをマネジメントするなど「人をまとめる」経験を積むのは、シンプルだが有効な方法だ(他にも、伸びている産業で働く経験を積むだけでも自分のマーケットバリューはあがるのだが、詳しくは本を参考にしてほしい)。

以前、LINEに勤める方とお話する機会があった。彼いわく「あと1~2年くらいでマネージャーに上がれなかったら、転職しようと思っている」そうだ。というのも、彼はいま35歳なのだが、今まで一度もチームのマネジメントをする経験がなかったらしい。彼は今、面接官として採用に関わることもあるが、そのとき、候補者が35歳を超えてチームのリーダーの経験がないと聞くと、やはり「この人大丈夫かな?」と不安になるそうだ。そして、それは裏を返せば自分のこれからについての不安でもある、と。

たしかに、雇用する側からすると、やはり35~40歳程度であれば、マネージャーや事業責任者のポジションで募集することも多い。その経験を積んでいないとなれば、当然、選択肢は限られてしまう。だから、建築士の方の場合もそういう経験を積極的に取りにいくというのはひとつの選択肢となるだろう。もし、その経験が今の会社で得られないというのであれば、会社を変えるのも一つの手だ。

建築士をはじめ、弁護士、会計士、税理士、医師、建築士など数多くの士業は業務独占型の資格である。つまり、翻訳者が必ずしも「TOEIC●●●点以上」という資格が必要ではないのとは違い、業務に就くにあたって必ず資格が必要になる。その分、資格を持つ人で独占的に業務を分け合う。こういう構造だ。

そのせいかわからないが、「士業」に就く人は、どちらかといえば目の前の現実から「積み上げベース」でキャリアを考える傾向がある。つまり「自分の技術は何なのか」を突き詰め、マーケットインで自分のキャリアを捉える視点が乏しいことが多い。

まず、資格はそれだけでは「コモディティ」であることを受け入れる。そしてマーケットと向き合い自分のキャリアを逆算すれば、成熟産業でも、勝ち目は見えてくるはずだ。