安易に安直にグローバル社会を叫び、共生社会は実現可能、共生社会は時代の流れだと説く「専門家」やグローバリストやアイデアリストたちがいるようだが、それは設計主義者の描く机上の空論にすぎないと言い切ってしまって構わないだろう。

 そうした中で外国人住人との共生が、現状では比較的上手くいっている地区がある。埼玉県川口市にあるUR川口芝園団地(以下、芝園団地)である。

2005年頃から
さまざまな問題が発生

 同団地の外国人住民との共生社会形成に向けた取り組みは、団地の自治会を中心に進められ、これを企画し、主導した自治会役員の岡崎広樹氏は、日本青年会議所が主催する第32回人間力大賞で総務大臣奨励賞を受賞された。

 筆者は今回の人間力大賞選考委員を務めた経緯もあり、岡崎氏を訪ね、実際に現場を案内してもらうとともに、その実情や今後の展望についてお話を伺う等の現地調査を行った。本稿ではその結果に基づき、わが国における外国人との共生社会の在り方について検討してみたい。

 芝園団地は、1978年(昭和53年)に日本住宅公団(現在の独立行政法人都市再生機構)が整備した大規模団地である。地上15階建ての、当時としては高層の集合住宅が屏風(びょうぶ)のように立ち並ぶ大規模団地で、竣工当時は庶民の憧れの住宅だった。都心まで30分程度という利便性も手伝って、入居募集の競争率も高かったようだ。

 団地内には小中学校(現在はいずれも統合または廃校)も設置され、また、一部の建物の1階には中小規模の商店が入居し、ひとつの街を形成していた。小中学校が設置されていたことからも明らかなように、当初は幼い子育て世帯が多かったようで、小中学校のPTA活動等を通じて自然と住民間のつながりも生まれていったようだ。

 これが、子どもたちが成長し、高校進学に伴って家族全体で他の地域へ引っ越したり、大学進学や就職で子どもたちが団地を出て行ったりしたことで、居住人口が減少。利便性と家賃の手頃さ、さらに保証人不要といった好条件も手伝って、そこを埋めるように中国人が居住するようになった。

 芝園団地には、1997年の段階で既に200人程度の中国人が居住していたが、その属性は大学教員や中国系企業の役員等で、地位も収入もある中国人が中心で、居住可能人口約5000人に対して4%程度であった。