「自分マーケティング」とは

 何かのプロジェクトを進めるとき、私は自分の好むもの、思い描く理想をかたちにしてきた。

 ビッグデータには頼らない。

 自分と、自分にごく近いまわりの人間を頼りにしながら、大規模なプロジェクトに挑む。

 私は、これを「自分マーケティング」と呼んでいる。

 外食事業時代につくったお店のメニューは、すべて私が食べたくなる品々をつくった。鉄道事業では、数々のD&S(デザイン&ストーリー)列車を世に出してきたが、じつは私はもともと鉄道ファンではなく、どちらかというと、あまり鉄道が好きではない。

 そんな私が列車をつくり出すのだから、鉄道ファンのお客さまは怒っていたかもしれない。

 私がどういう視点で新しい列車をつくっていたかというと、それは自分が乗りたくなる列車、乗って楽しいだろうと思われる列車だった。

 ななつ星をつくるプロセスは、まさに「自分マーケティング」の集大成ともいうべきものだった。

 視察でシンガポール~バンコク間を走る世界屈指の豪華列車「イースタン&オリエンタル・エクスプレス」に乗ったときのこと。

 列車の中で何も考えず、ぼんやりとインドシナの雄大な風景の移り変わりを車窓を通し眺めている、このひとときこそなんともいえない豊かな時間なのだと感じた。

 またそんななか、頻繁に私の部屋をノックしてきた客室乗務員たちにも思うところがあった。

「空調はよろしいですか」
「コーヒーはいかがですか」
「デザートはいかがですか」

 世界の豪華列車では、乗務員たちが頻繁にコミュニケーションをとろうとやってくる。

 いつもの私なら、プライベートな時間は放っておいてほしいと思うものだが、このときはなんだか嬉しい、そんな自分に気がついた。

 こうした感動や感心といった自分の心の動きを経て、一定の考えにいたると、私は身近な3、4人の友人たちや社員の意見を聞いて、思考の整理を行う。

 ビッグデータよりも自分の経験から導かれた考えと、すぐ近くの信頼できる少数の意見を大切にするというスタンスだ。