感動する心、気づく心の品質保持を

 デザイナーの水戸岡鋭治さんも、同様の「自分マーケティング」を行うひとである。水戸岡さんの場合は、美しい色を世界中から採集して、よりよいデザインを生み出そうとしてきたひとだから、そういう目でまちや商品を見る。(多くの場合、心のなかでレッドカードを出すという)

 私とは少々異なるタイプのシビアな「自分マーケティング」だが、2000の色を見分けられるという己(おのれ)の目と感性で、数々の列車や施設を私たちとともにつくり出してくれた。

 ひとびとを笑顔にするマーケティングを目指すという意味では、私とやはり同じ立場にあるひとである。

 戦後間もない1950年代前半、日本の小売業経営者たちが集まって、アメリカに渡り、流通事情の視察を行った。おもにアメリカのスーパーマーケットの現状を学ぶことが目的だった。

 20人ほどがこのアメリカ行きに参加し、あちこちのスーパーマーケットを視察し、何人かの経営者がそれを素晴らしいと感じ、日本の市場でも自分の仕事でも生かしたいと強く感じた。

 この何人かを除くそれ以外の経営者たちは何も感動せず、「これは日本では通用しない」と切り捨てた。
 日本の商売は対面商売であって、お客さまときちんとコミュニケーションをとりながら商売するから、大きな店舗にたくさんの商品を並べてセルフサービスで商品を手にとらせ、レジでまとめて精算なんて受け入れられるはずがない。当時の小売業の多数派はそう考えたのだ。

 結局、アメリカ式が日本人に受け入れられたのは、皆さんご存知のとおりである。
 アメリカ式に感動した人物のなかには、その後誰もが知るところとなる日本を代表するスーパーマーケットに成長させた経営者もいる。
「自分マーケティング」にとっていちばん大事なこと、それは普通のひとの目線で感動する心、気づく心の品質を維持することである。

 優秀な経営者の共通点は、気づきと感動を得て、本質を見ぬくところにある。

 それは、ひとりの人間としての気づきと感動がもたらすものであって、大所高所から得られるものではない。

 もちろん、ビッグデータを活用したマーケティングを否定するものではない。
 その素晴らしい効用については、アリババグループとの取り組みについて触れた本書の部分をお読みいただきたい。
 己をたのんで、好きなこと楽しいこと、いいと思ったことをビジネスに取り入れる、そんなマーケティングもありますよ。この項は、そんな話である。

☆ps.
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