発売から2ヵ月を待たずに10万部を突破し、オリコンでも3週連続1位(自己啓発部門)になるなど、売れに売れている本が、『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』だ。
同書が注目を集めるのは、「錯覚資産」という概念を提唱したこと。運よりも実力よりも成功を大きく左右するという「錯覚資産」はテレビでもネットでも話題になり、いまの社会を読み解くキーワードの1つとなっている。
しかし、著者の“ふろむだ”氏によれば、大きな話題になったことで、誤解もされるようになってきたという。そこでこの記事では“ふろむだ”氏自らに、「錯覚資産」への誤解を解き明かしてもらう。


「本当の実力なんてねえ、誰がわかるかって問題があるんですよ」

スタジオに林修先生の声が響く。

林修先生が、黒板に大きな字で「錯覚資産」と書き、
なぜ錯覚資産が人生の成功の鍵を握っているのかを熱弁し始める。

テレビ画面に映し出された本の表紙には、
「え?まだ実力で勝負とか言ってるの?」
という挑発的なセリフを言うチャラそうな男の顔。

林修先生も注目する「錯覚資産」とは? 著者自らがそのポイントを解説

これは、「林先生が驚く初耳学」というTV番組で、
『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』
という本が紹介されたときの出来事です。

最近、「錯覚資産」という言葉を、ネットでよく見かけるようになりました。
実際、GoogleやYahooで「錯覚資産」と検索すると、何万件もヒットします。

「大学よりもサロンに行ったほうがいい」
十数万人ものフォロワーのいるインフルエンサーたちが、
そうツイートしたときも、
「錯覚資産」という言葉が飛び交いました。

「大卒という肩書は重要な錯覚資産になる。
だから、大学へは行ったほうがいい」

「インフルエンサー本人たちは、
自分は学歴に関係なく成功したと思っているけど、
彼らは、早稲田や慶応の出身でしょ?
実際には、高学歴という錯覚資産のおかげで、
いまの成功がある」


錯覚資産って何?

と思いました?

「錯覚資産」とは、
『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』
という本の中で私が定義した概念で、
「人々が自分に対して持っている、自分に都合のいい思考の錯覚」
及び、それを引き起こす事実のことです。

この本は、最初の5章がWebで無料で公開されています。
(「ふろむだ」で検索して出てきたリンクからもたどれます)

たとえば、私の錯覚資産は、以下のようなものです。

・私が起業した会社が、上場した。
・私のブログは数百万人に読まれた。
・拙書『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』がアマゾンで1位、オリコンでも1位(カテゴリ)のベストセラーになった。

現実の私は、さしたる才能もセンスもない凡庸な人間です。
起業した会社が上場したのも、99%運であって、私の才覚とはほぼ無関係です。
文才もないので、記事にもツイートにも大したことは書けません。
しかし、上記の実績が人々に錯覚を引き起こすため、私の記事もツイートも、私の本来の実力からすると、とうていありえないほと多くの人に読んでいただけています。

この錯覚を引き起こしているのは、ハロー効果です。
ハロー効果は、多くの心理学実験で確認された認知バイアスの1つで、
「1つのプラス属性に引っ張られて、他の属性を過大評価してしまう」という現象です。

「起業した会社が上場した」というプラス属性に引っ張られて、「言っていることの面白さ」という、あまり関係ない属性が過大評価され、記事やツイートが面白いものであるかのように感じられてしまうというわけです。

この錯覚は、私にとって都合がよく、一種の資産として機能します。
だから「錯覚資産」なのです。

この錯覚資産という概念は、賛否両論を巻き起こし、
さまざまな形の共感と誤解を生んできました。

たとえば、以下のような誤解があります。

・錯覚資産とは、経歴詐称もしくは“はったり”のことである。
・錯覚資産なんて、すぐに化けの皮が剥がれるから、意味がない。
・錯覚資産という概念は、社会を悪くする。
・「錯覚資産」は「ブランド」を言い換えただけの言葉に過ぎない。
・「錯覚資産」は「信用」を言い換えただけの言葉に過ぎない。
・「錯覚資産」は「ハロー効果」を言い換えただけの言葉に過ぎない。

誤解を解くために、これらを1つずつ見ていくことにします。
 

まず『錯覚資産とは、経歴詐称のことである』について。

「錯覚資産って、ようはショーンKみたいなことをするやつでしょ」
などと言う人がけっこういましたが、これは違います。

経歴詐称は単なるウソですが、
錯覚資産はウソとは別のものです。

何1つウソをついていないのに、
相手が勝手に思考の錯覚を起こすようなものが、
「錯覚資産」です。

「認知バイアスが思考の錯覚を引き起こすこと」と、
「嘘をついて相手を騙すこと」は、
まったく別のことです。

ウソはいずれバレます。
しかし、錯覚資産はウソではないので、バレようがありません。

また、錯覚資産は、「はったり」でもありません。
「はったり」とは「いい加減なことを大胆に本当らしく大げさに話すこと」です。
「私が起業した会社が上場した」ことも「私のブログが数百万人に読まれた」ことも、「それ以上でもそれ以下でもない、単なる事実」です。
したがって、それは「いい加減なこと」ではありませんし、「大げさ」でもありません。
このように、「それ以上でもそれ以下でもない単なる事実」でありながら、認知バイアスによって他人に思考の錯覚を起こさせるようなものが、錯覚資産なのです。

はったりをやっていると、いずれ信用を失います。
しかし、錯覚資産ははったりではないので、信用を失うことはありません。


次に、
『錯覚資産なんて、すぐに化けの皮が剥がれるから、意味がない』
ですが、これは、錯覚資産の使い方しだいです。

たとえば、ITエンジニアが「高学歴」「前職は一流企業で立派な肩書」「イケメン」「背が高い」という錯覚資産で自分を過大評価させて採用されても、プログラムを書くのが遅く、書いたプログラムの実行速度が遅く、ソースコードが読みにくく、保守性が悪く、バグやトラブルが頻発すれば、実力がないことぐらい、すぐに分かります。
「化けの皮が剥がれる」わけです。

しかし、極めて優秀なITエンジニアであっても、「低学歴」「前職はしょぼい零細企業の平社員」「ブサイク」「背が低い」などのマイナスの錯覚資産がある場合、面接官に実力を過小評価されてしまい、その会社で活躍できる実力があっても、採用されません。

つまり、錯覚資産は、
自分を過大評価させるためというより、
過小評価を防ぐためにこそ、クリティカルに重要なものなのです。

また、適度に自分を過大評価させた方が得な職種も多いです。
たとえば、起業家は、投資家に出資してもらうために、目論見書や事業計画書を作り、投資家にプレゼンして回らなければなりません。
それは、大変な時間とエネルギーが必要とされます。そのせいで本業がおろそかになってしまうほどの時間がとられることまであります。
起業家は、錯覚資産で自分を過大評価させることで、事業計画書が多少しょぼくても、投資家に出資してもらいやすくなります。このため、出資を引き出すための労力を、大幅に節約することができます。

同様に、営業マンも、錯覚資産で自分やプロダクトを適度に過大評価させることで、本来なら契約に3ヵ月かかるところを1ヵ月に短縮できたりするため、生産性が上がります。

また、自分の企画したプロジェクトを社内で立ち上げたいときも、錯覚資産で、適度に自分を過大評価させることで、そのプロジェクトを上層部に承認してもらいやすくなります。

錯覚資産を有効活用できるかどうかは、適切な運用ができるかどうかにかかっているのです。
 

次に「錯覚資産という概念は、社会を悪くする」という誤解について。

錯覚資産について書いた『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』を読んだ人の評価は、次の両極端に分かれることが多いです。

・読まないと損する、絶対読んだほうがいい本だ!
・当たり前のことしか書かれておらず、ろくに内容のない本だ!

錯覚資産をすでに息を吸うように自然に運用している人は、「こんなの当たり前」って思うと思います。

つまり、この本は主に、これが「当たり前」でない人達に向けて書かれた本なのです。

錯覚資産を使いこなしている人は、そうでない人に比べて、はるかに有利です。
錯覚資産を使いこなしている人の方が、社内のおいしいポジションを取りやすいですし、昇進もしやすいです。
これは、とても不公平なことです。

錯覚資産という概念が広まることで、この不公平が解消されます。

すでに錯覚資産を使いこなしている人にとっては、これは無意味な概念です。
しかし、それ以外の人たちは、自分も錯覚資産を運用することで、いままで錯覚資産を使いこなしてうまくやってきた人たちと、同じ土俵に立つことが出来ます。

その意味で、錯覚資産という概念は、世の中を良くするのではないでしょうか。

もちろん、錯覚資産を悪用する人も、中には出てくると思います。
しかし、錯覚資産を悪用している人は、昔からたくさんいます。
錯覚資産という概念が普及すれば、錯覚資産に騙される人が減るので、
むしろ、世の中全体から、錯覚資産による詐欺的な商法の被害者が減るのではないでしょうか。

これは、性教育と似ています。
性知識が普及すると、性行為を試してしまう子どもも増えるでしょうが、
人々は、無防備で有害な性行為から身を護ることもできるようになるのです。

後篇へ続く