商品設計上、返戻率で他社を上回ることは十分可能だったにもかかわらず、なぜ日生は競争から距離を置くような道を選んだのか。

 各社が真意を図りかねてざわつく中、その舞台裏を探る過程で浮かんできたのは、日生の戦略上の「誤算」だ。

 日生はむろん、プラチナフェニックス発売当初から他社の追随を予想していた。その上で、返戻率で後発商品に多少見劣りしたとしても、先行者利益を十分に取り切れるとそろばんをはじいていた。

 しかし今年3月、第一生命グループ傘下のネオファースト生命保険の「ネオdeきぎょう」の登場で、その計算は狂ってしまう。日生はじめ多くの生保が(第1保険期間における)返戻率のピークを10年に設定する中、ネオは期間を最短5年に短縮することで、基本となる返戻率で日生をはじめ他社を圧倒してきたのだ。

 改正保険業法下では比較推奨販売義務が課されている上、さほど保障内容に差がない経営者保険は、返戻率の高さこそが優劣を決める。

 税負担を考慮した「実質返戻率」では5ポイント以上もの差がついてしまい、3月に決算期末を迎えた多くの企業が、ネオに怒濤のごとく流れていった。

 年間を通じて最も売れる時期に第一の後塵を拝した日生。プラチナフェニックスを改定するのではといううわさが立ち始めたのは、このころからだ。

 当初は、返戻率をいかに引き上げるかに改定の照準を合わせていたようだが、その後急速にトーンダウン。その要因は、関係者の話を総合すると大きく二つある。

 一つ目は、生保の経営を監督する金融庁の“指導”だ。

 金融庁は今年6月、経営者保険の販売が過熱し、新たな商品認可の申請が相次ぐ事態を受けて、業界をけん制する狙いで、商品の販売実態と付加保険料の設定について調査に着手している。

 庁内でも「脱税保険」などとやゆする声がある中で、火付け役となった日生が、競争をさらに煽るような商品の改定をすることは看過できず、監督当局としての意向を定期的な対話の中でそれとなく伝えていたようだ。