加計学園が会見で冒した
3つの決定的な過ち

 報道対策のお手伝いをしていると、こういうケースを目にすることは珍しくない。。「人の噂も七十五日」ではないが、せっかく世の中が悪い話を忘れかけてきてくれているのに、そこで気を抜いた会見やマスコミ対応を行ってしまったことで、また蒸し返されてしまうのだ。

 そこで、みなさんの会社や組織のマスコミ対応でも役立てられるよう、加計学園の会見の何が問題だったのかを振り返っていこう。小さなミスまであげていくとキリがないので割愛するが、取り返しがつかない大きなミスは以下の3つだ。

(1)メディアを「差別」してしまった
(2)「疑惑の張本人」が部下の不正を解説
(3)マスコミOBに会見を仕切らせる

 まず、(1)から説明していこう。実はほとんどの記者は、この会見が始まる前から、加計氏をボコボコに叩いてやろうと心に誓ってあの場所に集っていた。

 なぜかというと、6月に岡山市で開催された会見を、地元の記者クラブ所属の記者に限定したため、東京から来たマスコミは門前払いにされ、みな怒り心頭だったのだ。要は、4ヵ月前に締め出された「報復」である。

 子供じゃないんだから、大のオトナがそんなこと根に持たないでしょ、と思うかもしれないが、マスコミの記者たちが最もキレるのは、実はこのような「差別」なのだ。

 彼らの多くは普段から「記者クラブ」の中で特権的な扱いを享受している。国会だろうが中央省庁だろうが好き勝手に歩き回れるし、有名企業の会見でも発表会でも必ずお声がかかる。そんな風にチヤホヤされてきた人がいきなり、会見場で門前払いを食らえば、プライドはズタズタ。一気にルサンチマンがこみあげるというのは容易に想像できよう。

 普段から差別的な扱いをされているフリーのジャーナリスト、週刊誌やネットの記者は会見から締め出されることなどは慣れっこだが、テレビや新聞からすれば、これほど屈辱的な扱いはない。彼らも人間なので、こんなギスギスした感情が湧き上がってくるのだ。

「我々を会見に呼ばないというのはやましいことがあるからだ」「逃げるということは悪いことをしているからに違いない」――。

 つまり、一部に情報を出して、一部には情報を出さないというのは、許されない「差別」であり、そのような対応をするのは、何か後ろ暗いことがあるのだという先入観を記者側に生じさせてしまうのだ。

 こういう話をすると、会見の主催者側は、会場の都合で仕方がなかったとか、役所と一緒にやっている事業なので、役所のルールに従わないといけないとか様々な言い訳をすることが多いのだが、だったら、対象記者クラブ以外のメディアだけのために別途会見を開催する方法もあるし、個別対応をしたっていい。

 それをやらないということは、マスコミからすれば、ああだこうだと言い訳をつけて「逃げている」という印象にしかならないのだ。