書籍『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の刊行を機に、さまざまな実務家やアカデミアの皆さんと、著者・朝倉祐介さんとの対談をお送りしています。今回は、J&J、カルビーを経てRIZAPグループ代表取締役に就任した、経営のプロ松本晃さんをお迎えし、経営上もっとも注視している数字や、新天地RIZAPグループへの期待について伺っていきます。(撮影:野中麻実子)

朝倉祐介さん(以下、朝倉) 松本さんはジョンソン&ジョンソン(J&J)日本法人、カルビーのトップを経て、ライザップ(RIZAP)グループの代表取締役に就任されるなど、まさに「プロ経営者」ですが、とにかく「数字の鬼」とお聞きしております。数字上、どのようなポイントで会社をご覧になるのですか。

松本晃(まつもと・あきら)さん
RIZAPグループ株式会社代表取締役
1947年、京都府生まれ。1972年に京都大学農学部修士課程を修了後、伊藤忠商事株式会社に入社。1993年にジョンソン・エンド・ジョンソン メディカル株式会社(現:ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社)に入社。代表取締役社長、最高顧問を歴任後、2009年6月に~18年6月カルビー株式会社の代表取締役会長兼CEO。18年6月末より現任。

松本晃さん(以下、松本) 数字に強いと言えるかわかりませんが、記憶はいいほうですかね。経営にかかわる数字が一杯ある中で、どれを大事にするか。あれもこれもというわけにはいきませんし、時代によっても大事な指標はいくらか変わります。でも、変わらず大事にしているのはキャッシュフローです。金融がこれだけ緩和されてお金はどこにでもあるけれど、やっぱり「cash is king」だと考えています。

朝倉 カルビーでも、キャッシュをかなり増やされました。

松本 カルビーはいい会社ですし、銀行もどんどん貸したがる。でも、まずは260億円あった借金を全部ゼロにすることにしました。借金は絶対悪ではないけれど、いつまで頼れるかはわかりませんよね。本当に3年間で全部返して、無借金にしました。
 ビジネスってシンプルに考えれば、「現金」を「物」に変えて、それを売ると売掛金という「債権」になって実際に「現金」が入金されて……というプロセスですよね。これをグルグル回して、ビジネスはどんどん大きくなる。この中でいざというとき一番強いのは「現金」、次に「物」、一番危ないのが「債権」という感覚はビジネスを始めて40数年たっても変わりません。2018年の経営論としては古いのかもしれないけど、このポリシーは変わりません。自己資本比率は80%ぐらいあるのが健全だと思っています。それじゃあ会社が成長しないんじゃないの、と言う人もいるけど、必要なら投資すればいいのであって、必要もないのに会社を買収したり物を買ったりする必要はないはずです。

朝倉 カルビーでは、飛行機のコックピットのごとく詳細なデータを活用する「コックピット経営」から、データを絞り込んで共有する「ダッシュボード経営」に変えられたと聞いています。

松本 事業ユニットごとの膨大な数値データをグラフ化し、それを毎週更新してみんなに共有していたんですよね。でも考えてみてください、飛行機のコックピットってものすごい機器だらけでしょう。機械が多すぎて何に注意すればいいのかわからないのと同じで、複雑すぎて活用できない。だから、車のダッシュボードに変えたんです。車を運転しているとき、ダッシュボードで見ている機器はスピードメーターとガソリン量ぐらいしか見てない。数字も同じで、あれもこれも言ってもわからないし、誰が見てもそれなりにわかるぐらいシンプルなほうがいいです。

朝倉 カルビーでは、コストリダクションとイノベーションという、一見逆のことを進められたようにも見えました。

松本 コストリダクションといっても、一方的に絞るという意味じゃないんですよ。カルビーの場合は、工場の稼働率が低く、原材料の廃棄が多かった。だから、その無駄をそいでいっただけです。全国に16ある工場にそれぞれ購買部門があって、原材料をばらばらに調達しては余ると捨てていたから、それはもう少しまとめて調達して工場間でも融通すれば無駄が減るんじゃないかと。サプライヤーからの調達価格をたたけ、と言ったわけじゃないんです。第二次産業のKPI(主要業績評価指標)は稼働率ですから、どうやったら稼働率が上がるかを考えただけ。

朝倉 経営数字で一番注意してご覧になるのは何ですか。

松本 現金。売上成長。営業利益。正解はないだろうけど、会社が成長するか、財務的に健全かという観点から、これらは重視していますね。

朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)さん
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県生まれ。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。著書に、『ファイナンス思考』『論語と算盤と私』(ダイヤモンド社)。

朝倉 J&J、カルビー、ライザップグループと、業種や規模が変わっても、注視される数字は変わりませんか。

松本 会社によって多少は違いますね。たとえば、J&Jで現金を見る必要はなかった。現地法人だからそこまでBS(貸借対照表)を見る必要がなかったというのもあるけど、そもそも儲かっていて現金で困ることなんてないから、注意する必要がないんです。J&Jなら売上高営業利益率と売上・利益の成長さえ見てればいい。営業利益率を稼ぐには売上総利益ですよね。営業マンがむやみに値下げしないように注意していました。
 経営なんて、足し算と引き算でだいたい足りますよ。掛け算や割り算なんて、めったに使わない。ましてや微分積分なんてこの40年以上使ったことはないね。ただ、カルビーやライザップグループだと、やはりキャッシュフローを見ていく必要はありますね。

朝倉 カルビーとライザップグループを比べても、カルビーが自社開発による成長を重視されていた一方、ライザップグループはM&Aで成長を加速させていて、両社で経営アプローチは大きく違いますよね。

松本 ライザップグループのビジネスモデルが稀有なんだと思いますね。この経営モデルがどのぐらい健全かは、まだいま精査している最中です。M&Aを軸に成長していくモデルだとしても、たとえばJ&Jのそれとは大きく違うんですよね。J&Jは本当に将来成長性の高い会社であれば、高値でも買っていました。マルチプルが10倍とか20倍でも関係ない。今よりもっとよくなる会社しか買いませんでした。逆に、いま儲かっていても、将来、経常利益率が15%になることが見えてきたら――「見えてきた」という意味は、たとえば目下の経常利益率が20%以上あったとしても、右肩下がりが予測できたら売っていました。そうすれば、ある程度高く売ることもできるんですね。価値が高いうちに売って、もっと高くても成長する会社をまた買う。でも、ライザップグループの場合はまったく違っている。

朝倉 (業績不振の会社や未公開会社などを買収し、企業価値を高めて再び売却する)バイアウト・ファンド的な動きですよね。

松本 いっぺんに沢山の会社を買うモデルが本当にうまくいくかは、見極めないといけませんよね。たとえば買収先を再建するには、かなりその経営にフォーカスする必要もあるでしょうから、これを何十社もやってうまくいくかは本当に大丈夫かまだ見てみないとわかりません。

朝倉 ライザップグループをどんな会社にしたいとお考えですか。

松本 いい会社じゃなくて、強い会社をつくりたい。強くなれば海外とも戦える。いい会社じゃ戦えない。強くなるには、そのための環境を与えてあげないといけない。J&Jでは基礎のできた会社でしたが、さらに強い会社にするために、営業マンは値引きやサンプル配布、交際費の利用を一切禁止しました。そういう武器が使えなかったらどうすればいいかと考えるから、力がつくんですよ。

朝倉 外部のフレッシュな目線でご覧になると、M&A戦略にもよいフィードバックがかかりそうですね。(後編につづく)