巨艦・日立のリストラクチャリングの実態とは? 書籍『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の著者・朝倉祐介さんの人気対談シリーズに、日立製作所代表執行役執行役専務CFO兼財務統括本部長の西山光秋さんをお迎えしました。売上高9・4兆円、従業員30万人を抱える超巨大企業において、現場で事業の再編・統合に当たった経験談や、多様な事業ごとの適切な目標・評価設定のあり方について聞いていきます。(撮影:野中麻実子)
70円の商品を片道130円かけて届けることは
「お客様」との関係維持に必要か?
朝倉祐介さん(以下、朝倉) まさに財務のプロというご経歴ですね。
日立製作所代表執行役執行役専務CFO兼財務統括本部長
1979年日立製作所入社、94年日立アメリカ社ダイレクター、98年日立PCコーポレーション(米国)シニアヴァイスプレジデント&CFO、2003年日立グローバルストレージテクノロジーズ社シニアダイレクター、2008年日立製作所 財務一部長、2011年日立電線(現日立金属) 執行役/CFO、2013年日立金属事業役員常務電線材料カンパニープレジデント、2015年日立製作所執行役常務財務統括本部長、2016年より現職。1979年東北大学経済学部卒業、90年ジョージア州立大学MBA取得。宮城県仙台市生まれ。
西山光秋さん(以下、西山) ひどい時代を経験してきました(笑)。
入社してすぐの頃は、今の東原(敏昭・執行役社長兼CEO)さんや中西(宏明・取締役会長)さんがいた大みか工場(現大みか事業所)で原価管理などをやりました。1994年から4年間は日立アメリカのサンフランシスコオフィスの管理部門にいた後、サンノゼにあった日立PCコーポレーションの清算や、2001年からはアイ・ビー・エムからハードディスクドライブ事業を買収するデューデリジェンスやPMI(買収後の統合)をやりました。その後は本社のCFOの下で、財務一部長として赤字決算を4年も続けてまとめたり、2009年の増資のロードショーを実施したりした後、ようやく2010年度に黒字になろうかというときに、上場子会社の日立電線へ立て直しに行けと言われまして。結果として2年でターンアラウンドできた後、日立金属との合併もうまくいって、また本社に戻ってCFOをやっています。会社人生の過半は、広義のリストラクチャリングをやってきたことになりますね。
朝倉 地域も日米にまたがり、それも難しい現場ばかりですが、あえて一番印象に残っている仕事を挙げていただくと?
西山 ひとつは、先ほど申し上げた日立PCコーポレーションの清算ですね。製品の改廃サイクルが早まる中、日本で製造して米国で販売する、なんてのんびりした開発体制では追い付かない。規模も小さいし、利益率も下がってきました。今でこそ100%子会社は資金プーリング制の下、本社から資金を供給していますが、このPC子会社は銀行から直接融資を受けており、債務超過になったら銀行が引き揚げると言ってきた。PL(損益計算書)だけ見ればまだいけそうでも、キャッシュがなかったらおしまいですよね。しばらくは自転車操業が続き、お金のない惨めさを強烈に感じました。日立グループにとっても米国では初めての会社清算でした。
朝倉 キャッシュがなくなるというのは、日立本体だとなかなか遭遇しない局面ですよね。
西山 そうですね。もう一つは、日立電線にCFOとして行ったときです。今の髙橋秀明執行役副社長も一緒でしたが、製作所本体から社長とCFOが乗り込むのは初めての人事だったので、何をしに来たのか様子をうかがわれている感じでした。いわゆる「ゆでガエル」みたいな状態で、なんとか規模を拡大して頑張るという古めかしい考え方の人も沢山いましてね。これは早く動かないといけないと思いました。とにかく売り上げを減らしてでも早期に企業の体質を筋肉質に変えることをめざし、利益の出ない注文は取らないよう徹底することから始めました。
たとえば、顧客から電線1メートルを切って届けてほしいと注文が入ると、70円の電線を電車賃片道130円かけて届けるわけです。顧客との関係を維持するには必要なことだという考えが抜けない。営業現場に資本コストの概念をいきなり言っても伝わりづらいので、「まず利益を出し、みんなでボーナスをもらって、税金を払って配当するには、5~6%の利益がないと無理なんだ」とレクチャーして回ったりしました。
朝倉 草の根活動で、考え方の転換を図られたんですね。
現場に浸透させるポイントは
分かりやすさと視座を上げること
西山 日立電線に行った2011年4月の直前3年間、私が財務一部長を務めていたころに、川村(隆・会長)さんや中西さんが「グローバルベンチマーク」を意識し始めました。財務部で数字を調べ、各事業部門に同業のグローバルトップ企業とその利益率を伝えて、まずはそこをめざそう、と。
電線事業の場合、当時の同業トップは、イタリア企業で営業利益率は約6%。日立電線の利益率は0.2%でしたから、そこからいかに6%をめざすか。みんなの視座を引き上げつつ、ノンコア事業や子会社を売るといった外科手術もやりました。売上高は約4000億円から、2年間の再編で3000億円まで絞った。役員を含めた人員対策も実施して、人員も1万8000人の30%近くを削減しました。
ただし、縮小均衡に陥ってはいけないので、成長ドライバーとなる高付加価値な製品は、M&Aや開発投資で強化しました。新幹線で使われるような車両用の電線は、今や中国の高速列車向けに納めるまでになったし、医療用のケーブルも強みです。その当時危機感を持って改革を一緒に進めてくれたメンバーが、現在ではそうした事業のリーダーとして頑張っています。
シニフィアン株式会社共同代表
マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。兵庫県西宮市出身。著書に、『ファイナンス思考』のほか、新時代のしなやかな経営哲学を説いた『論語と算盤と私』(ダイヤモンド社)がある。
朝倉 既存事業を縮小しながら、まだもうからない小さい事業に投資をするといったファイナンス的な発想は、会社全体の経営をする上では理屈が通りますが、現場に落とし込む際は意思の疎通が難しいと思います。西山さんは以前のインタビューで、ROE(株主資本利益率)は現場で分かりづらいのでROA(総資産利益率)を用いるようになったとも話されていましたが、現場に理解を促すポイントはどこにありますか。
西山 最も公平なのが、グローバルベンチマークだと思います。各事業で業界トップをめざす。
以前、工場ごとに収益管理する「工場プロフィットセンター制」を取っていた時代は、デュポン式(総合化学メーカーの米デュポンによる、売上高純利益率、総資産回転率、財務レバレッジのそれぞれを改善することでROE向上をめざす経営管理手法)を使って、どの工場が一番かランキングを発表したりもしていました。でも、結局は社内の競争でしかない。それと、「この事業部門の前期のROEが悪かった」と言ったところで、BSの右下(純資産)は体感しづらいんですね。
一方、ROAの場合は、分母がBSの左側(資産)にある売掛金や棚卸資産などの具体物で、営業や製造の現場にいる人にもイメージしやすいと考え、ROAを重要指標の一つに据えたんです。赤字事業については、国内同業の東芝や三菱重工業、パナソニック、富士通、NECなどとの比較資料も作成していましたが、私が財務一部長になったときに、グローバルトップと比較するように変えました。分かりやすさと視座を上げることが大事だと思っています。
朝倉 外部の目に触れることで、はじめて社内と違う論理で動けるようになる、というところはあるんでしょうね。