得体の知れなさが
本質的な問題だ

 さらに突き詰めて考えれば、相手が違和感を覚えるレベルは、相手から見て、それが得体の知れないものかどうか、にもよるのではないだろうか。熊本市議会の緒方議員が質疑をする際に、市議会議長が「待ってください。何か口にくわえておられますか」と制止したのは、口に何かくわえていることに違和感を覚えたからだと推察される。

 一方、イギリスのメイ首相は咳き込んだ後、のど飴を渡されて口にしているので、会場内のほとんどの人に「メイ首相は咳がとまらないので、のど飴をなめている」ということがわかっている状況だ。何を口にくわえているのか、何をしているのか得体の知れないことほど、相手に違和感を与えることはないのだ。

 仮に緒方議員が発言をする際、あらかじめ「のどを痛めておりまして、龍角散ののど飴をなめています」と、議長から問われる前に自分から話していたらどうだろうか?得体の知れなさは解消されるから、これほど議会の反発を受けることはなかったかもしれない。

 職場においても、「今日はリラックスして議論したいので、よろしければですが、クッキーや飲み物をいただきながら会議をしましょう」「リフレッシュしながら対話したいので、飴をなめています。悪気はありませんが、気になるようでしたら言ってください」「実は徹夜明けで、眠気覚ましのガムを噛み続けていますが、そういう理由ですので、ご容赦ください」と断った上で、会議や対話を始めれば、相手に与える違和感はかなりの程度、解消される。

 それをあらかじめ言わないで、黙ってひとりだけクッキーを食べているから、事態がややこしくなってしまう。何かわからないが、口に何か含んでいるという、得体の知れなさが問題を大きくしてしまうのだ。