保守だけでなく、左派・リベラル側も、グローバリズムか、国民共同体の利益か、で割れているようである。

 経済と文化のグローバル化が否応なく進んでいく中で、日本という国民国家が存続していくには、日本社会にある程度まで同化してもらうことを条件に、外国人労働者の定住化を積極的に推進する方向に転換しなければならないのは不可避だ、と私は考えている。

 日本の伝統文化や規範を維持するためという理由であれ、労働者の利益を守るためという理由からであれ、「移民政策」を――たとえ言葉の上だけのことだとしても――全否定するのは現実的ではない。

 かといって、年20万人というように数値目標を掲げるのは、人間を原材料扱いすることを含意している。文科省が進めている留学生30万人計画と同様に、何のための国際化か分からない本末転倒を引き起こすだけなので、控えるべきだろう。

 実際に、大学の現場では、計画に合わせて強引に留学生をかき集め、“英語での授業”を増やした結果、大学の教育水準を低下させる悪影響が出ている。このことは多くの大学教員が指摘している通りだ。

 どういう文化的・歴史的背景のどういう経歴の人をどういう職種のどういう条件で受け入れたら、スムーズに日本社会に溶け込み、社会的活力の源泉になるのか、十把一からげにせず丁寧に検討し議論する必要がある。

 日本で生まれ育った外国人の子どもの永住権や国籍取得についても本格的に検討する必要があるだろう。

 新しい在留資格の導入に合わせて、不法就労などの問題に対処するため、法務省の入国管理局を、4月から「入国在留管理庁」に格上げする方針も決まっているが、これだけで不十分だ。

 外国人労働者が、日本社会に摩擦なく受け入れられ、融合し共存するためには、違法行為を取り締まるだけでなく、受け入れ先の企業や自治体、教育・福祉機関などと連携して、「多文化社会」に向けての環境整備をする「移民庁」的な機関が必要になるだろう。

多文化主義国家を
目指すのか

 保守、リベラル両陣営とも、移民政策を推進するにしろ抑制するにしろ、国民国家としてのアイデンティティーと普遍的人権、経済・情報のグローバル化の三項関係をめぐる議論を掘り下げ、自らが目指す国家像を明らかにすべきだ。