環境に優しい生分解性プラスチックを
もっと優しいものにする「酵素」の量産化
農林水産業・食品産業科学技術推進事業からもう2つ、ユニークな研究開発を紹介しよう。これらも実用化された際には、特段に新技術だと威張ることもなく農業の現場に広がるだろう。しかし農作業や農作物の安全性を劇的に変えると言っても過言ではない技術だ。
まずは、「生分解性の農業用プラスチックの分解を加速する酵素」である。
畑を覗くと、黒色や銀色のプラスチックでうねを覆っていることが多いのに気が付くだろう。「マルチフィルム」とか「マルチシート」などと言われるもので、うねをプラスチックシートで覆うことで地温を高めたり、栄養分を長く保持したり、雑草や病害虫の発生を抑えたりする効果がある。
循環機能利用ユニット
北本宏子ユニット長
しかし、収穫後には、シートは一転して“厄介者”になる。
シートには、ポリエチレン製と、生分解性プラスチック製の2種がある。ポリエチレンフィルムは使い終わったら集めて産廃として処理する。一方、生分解性プラスチック製フィルムは、畑の土にすき込めばまさに分解して土に還っていく環境に優しいプラスチックだ。
「求められるのは、使っている間は壊れず、使い終わったらすぐに分解して土に還るプラスチック。でも実際は、栽培している環境条件や土壌によって分解の速さに差があり、思い通りにいかないこともあるため、使いにくいと思われてしまいます」。そう力説するのは、農業・食品産業技術総合研究機構農業環境変動研究センター、循環機能利用ユニットの北本宏子ユニット長だ。
北本ユニット長は、「生分解性プラスチックを安定的に分解できたり、分解を加速させたりする方法があれば、従来品よりも丈夫な生分解性プラスチックのシートを使い、役割を果たした時に分解させられるので、不便さを解消できる」と考えた。
注目したのが、シートを分解する「酵素」だ。研究者の間では、「シートを土に還すための分解酵素は、土の中に棲む微生物から見つかる」と考えられていたが、これまでに強力な酵素は見つかっていない。そこで北本ユニット長は、植物に棲む微生物に着目した。さまざまな植物常在菌の中から、イネに棲む酵母菌が分泌する酵素が、生分解性シートの分解を加速することを突き止め、かつ、分解酵素を量産化する方法を開発した。
酵母菌は、「アンタークティカ(南極)」と呼ばれるもので、「1960年代に、南極の湖の泥から日本人科学者によって発見された酵母菌から名前が付けられました。同じ種類の酵母が、イネにたくさん棲んでいて、マルチシートを多用する日本の畑作での課題に応えてくれるというのですから、ちょっと運命的な関係すら感じますね」。
実際の使用は、シートに、酵母菌の培養ろ液を散布して、すき込むイメージだ。実験段階だが、培養ろ液を処理しなかった場合に比べてシートが短時間で分解され、元の土壌へと回復することを確認した。作物のためにマルチシートを多用しても簡単に土に還せる。農作業を軽減しつつ、そうした循環を生み出せたのだ。
技術の実用化にはめどがついた。しかし次の課題として、「事業性の確立」という問題が残っている。生分解性プラスチックの分解を速める酵素はあるが、生分解性プラスチックのマルチシートとしての利用率は5%程度で、市場はまだ小さい。
それでも北本ユニット長は、「生分解性プラスチックの長所は理解されていますが、まだ、購入する時に値段が高いと思われてしまいます。でも、処分費用なども含めた総コストで比較すれば、ポリエチレンのマルチシートよりも安くなるケースもあり、事業化の可能性は十分にあります。酵素とセットでもっと便利に使ってもらえるように、農家にアピールしていきたいですね」と語る。