日産はこと先端分野についてはアライアンスの中でも圧倒的に「主役」である。

 バブル崩壊後、ルノー傘下に入る1999年までの間に1年しか最終損益を黒字にできなかった時代に、日産は研究開発を極端に絞り込まざるを得なくなる。ゴーン改革でV字回復を成し遂げた後も、しばらくは研究開発に潤沢な資金を投じることができなかった。

 その日産が自動運転、コネクティビティ、電動化技術などで世界の「列強」と張り合えている原動力の1つがダイバーシティだ。社内に有能な人材を招き入れるだけでなく、社外との連携も非常に機動的に行っている。これはガチガチの縦型組織だった90年代までの日産の姿からは想像できない変化である。

 日産の次世代自動運転のプログラムの開発で、あるアメリカの女性プログラマーがきわめて重要な役割を果たしたという。その女性は大変な才能の持ち主であったが、シングルマザーで、1人で子育てをしながら仕事をするのは大変なことであった。

 その女性プログラマーに対し、日産はどう接したか。

 在宅ワークOKというのは当然だが、それだけにとどまらない。

人材の多様性の面では
成功していたゴーン改革

「子どもの送り迎えや買い物、また休日の子どものスポーツや行楽の手助けなどまでやりました。彼女が仕事で最高のパフォーマンスを出せるようにするためです。それで彼女が出した成果がなければ、うちの研究レベルはかなり後れたものになっていた可能性が高い」

 IT部門のエンジニアはこう回想する。

「そんな私的な手伝いまで日産社員がするべきなのか」といった議論が巻き起こっても不思議ではない事例であるし、かつての日産であればプライドが先に立って、そんなことは到底やらなかったであろう。

 だが、ゴーン氏の改革のもとでは、何をやったら難しいコミットメントの達成に近づけるかを第一に考え、一般的な“べき論”は意味がないものとされていた。

 日産の社内や周辺にはそういう変わった人材がたくさんいる。

 何も、日産というブランドに魅せられて集まってきたわけではない。日本でもダイバーシティを打ち出す企業は数多いが、ほとんどは掛け声倒れに終わっている。